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夕陽は街の下に隠れ、紫紺の空は紺碧へと染められていく。青年と少女は廃墟ビルの屋上、扉のすぐ横に腰掛け、壁に背を預けていた。
「此処は、とてもいい街だったのよ」
少女は本を開け、かつての街並みが載った写真を眺めた。
「落ち着いた雰囲気で、優しい人たちばかりで、レンガ造りの家も、私はとても気に入っていたの」
彼女はそっと、写真の中にある時計台に触れる。
「この時計台も、大好きだった。この街にいた時は、毎日見ていたのよ」
少女はそっと瞼を下す。何十年経とうと、かつての輝いていた日々は鮮明に思い出すことができた。
「……旧市街に、行ったことある?」
「ああ。偵察で何度か」
そう、と言って、彼女は続ける。
「旧市街はどう? 此処よりも、ひどい?」
「……いや、まだましな方さ。地下通路もいくつか残っているし、建物もまだ外見を保っているものがいくつかある」
それに、と続ける。
「花壇が、残っていたんだ。少ないけれど植物も生えていた。……残念なことに、花は咲いていなかったけど。それでも、生えているだけ奇跡さ」
「……そうね。戦争が始まって、街が、国が壊されていって……、人間と一緒に、自然もたくさん消えてしまったものね」
悲しげに、少女は微笑む。どちらからとも口を開くことなく、静けさは訪れた。