*
陽は街の下へと姿を消していき、茜の空は紫紺へと染められていく。
頬に突き刺さる風が、涙の跡を乾かし、徒に白銀の髪を靡かせる。
青年の温もりがなくなったことを、彼女は受け入れたくなかった。しばらくの間、少女は呆然と座り込む。
そっと彼の頬を撫でた、その時だった。
「これ、は……」
傷口辺りが、淡い光に包まれる。
「嘘、でしょう? こんなに、早いなんて……」
悲しげに、彼女はそれを見つめる。ぴくりと、青年の指が僅かに動いた。
「ん……」
彼は重そうに、薄く目を開ける。けだるそうに体を起こし、額を押さえた。
「カン、ナ?」
その声に、青年は少女に目を向ける。絡まった視線に、彼女の心臓は大きく脈打った。
「……誰、お前」
「――っ……!」
少女の中で、何かが崩れ落ちる音がした。
「私はっ……」
言い掛けて、口を噤む。悔しそうなその表情を、彼は興味無さそうに見た。
「ていうかさ、女が一人で外に出るなんて、意味わかってんの?」
黙り込む少女に、青年はにやりと笑う。
「どうぞ襲ってください、って言ってるみたいなもんだよ」
「……カンナは、そんなことしない」
は? と彼は顔をしかめる。
「何言ってんの、お前」
刹那、彼女の視界が揺らいだ。冷たい眼差しが、少女を見下ろす。青年越しに、紫紺の空が目に入った。
「俺は〝カンナ〟なんていう女みたいな名前じゃない。誰と勘違いしてんのかは知らねえけど、俺はお前となんて会ったことないんだよ」
その言葉に、心が涙を零す。
「……ずっと、傍にいたのよ」
不機嫌そうに、彼は眉間に皺を寄せる。
「その口、一生動かないようにしてやろうか?」
そう言って、彼女の首に手をかける。けれど青の掛かった翡翠色の瞳は揺れることなく、真っ直ぐと青年を見つめた。
「……つまんねえ女」
面白くなさそうに、彼は舌打ちをする。少女の胸倉を掴み、無理やり立たせる。
「次に会った時は、殺してやる」
淡々と言い、乱暴に彼は彼女を押す。ふらつくその姿など気にせずに、背を向け、どこかに去っていく。
呆然と、少女はそれを見つめた。