「もちろん何も起きないわよ。
想いを伝えることすらできなかった。
だから月越ほたるの苦しみが痛いくらいわかるのよ」


強欲を絵に描いたような里中。


金のためなら何事も割り切るシビアさ。


鬼のような女にそんな純な時代があったんだ。


武田は人間の奥深さをあらためて知った気がした。


人を先入観で見たり、『あの人はああいう人間だ』と勝手にイメージでくくってはいけない。


と同時に、ここは感情に流されるべきじゃないとも悟った。


心を鬼にして、武田は進言した。


「理事長のお気持ちは私にもわかります。
月越ほたるは我々のかわいい生徒のひとりですしね。
生徒の幸せを考えない教師なんていません。
いたとしたら、それはもはや教師じゃありませんよ。
私も月越ほたるの明るい未来を願う者の一人です。
しかし・・・
一方で、我々には経営のかじ取りという重責もありますよね。
私たちの手には、たくさんの人の生活がかかっています。
つまり・・・
我々は一教師と一生徒の恋愛成就に加担していてはいけないのです」


「わかってるわそんなこと。
百も承知よ」


里中がふたたび、経営者の顔を取り戻した。