「佐野くん、歩くのゆっくりだけど、翠葉を頼んでいい?」
「あ、そのつもりでこの時間に来ました」
「そう。じゃ、お願いね」
 蒼兄はひとり先へエントランスを出ていった。
「なんか悪い……」
 佐野くんの言葉に首を振る。
 私たちはどちらともなくエントランスへ足を向け、真下さんに「いってらっしゃいませ」と丁寧に送り出されてマンションを出た。
 朝の空気を肺いっぱいに吸い込む。
 それは少しだけ冷たくて、心地よいと思える空気。
「朝の空気だね」
「これは秋の朝って感じだよな?」
 佐野くんはそんなふうに答えて、私のペースに合わせてゆっくりと歩いてくれた。

 私は、なんで佐野くんがマンションまで迎えに来てくれたのかとか、色々訊きたいことはあるのに、訊いたら逆に色々と訊き返されてしまいそうで、それが怖くて何も訊けずにいた。