「今、俺が舌を噛み切ればこの女は死ぬんだぞっ」

 精一杯の悪意と決意を込めた声で、少年が喚く。
 その緊張感を頭から無視するかのように、龍星は今から始まる舞台を観る観客のように瞳を煌かせて笑った。

「ああ、やれるものならやってみればいい。
 どのような方法であれ、毬が死ぬ前にお前はこの身体から出て行くほかなくなるさ。意識がなくなった身体に憑りついてはいられまい?
 いかなる方法を使っても、俺の目の前でお前がその身体を殺すことなど出来るはずがない。
 それとも、何か秘策でも?」

 感情の全てが、笑顔に隠れて何も見えない。
 少年はぎりりと歯噛みした。

 これでは、天下の陰陽師といえども、憑坐が殺されるとあればもっと緊張感を持って真剣に対峙してくれると考えていた自分が馬鹿みたいだ。

 しかも、ああやって優雅に何の気なく微笑んでいるように見えて、龍星にはまったく油断も隙もないのだ。
 先ほどから、会話の隙をついて、いくつか呪を使った攻撃を試みているが、まるで手ごたえが無いのがその証拠だ。

 その上、元の身体が毬だからといって、手加減する気が毛頭無いことは、その目を見れば、修行を積んできた行家には痛いほどよくわかってしまう。



 なんのために、今まで修行を。
 なんのために、妹の身体まで乗っ取って。



 行家は、情けなさに囚われ、強く瞳を閉じた。