太陽はゆっくり西に傾き、都は再び夜の闇へと落ちる準備を始める。

 龍星は安心して眠りに落ちた毬を抱き抱え、雅之とともに馬舎を後にした。

 すぅ、と、目の前を緑の小さな光が横切る。

「蛍の季節、か」

 龍星は紅い唇で無意識に呟く。

「そうだな」

 雅之の相槌より、先に聞いた帝の言葉が耳に浮かんだ。



……蛍を見た翌朝。
  消えた――


 夜闇の中、呼び出した牛車に乗り込み、腕の中で眠る毬を見つめた。

 あどけない寝顔は、眺めているだけで心が和らぐ。


……左大臣邸に行ったんだ

 帝の言葉が生々しく蘇る。


 あの男なら、泣かれようが喚かれようが、躊躇わず毬を抱いただろう。その欲望のままに。


 心臓の奥に、えもいわれぬ痛みが走る。

 もう一度、毬を左大臣邸に帰す気には、どうしてもなれなかった。