夜明け直前とはいえ、辺りは生い茂る木々に月明かりさえも遮られ、ほとんどなにも見えなかった。
 阿修羅が匂いを追ってくれているのが、辛うじて助けになっている。
 しかしその身体は闇の中で仄かに光を発しているため、あまり近づくこともできないのが難点だ。

――でも、また前のような魔物に出くわすかもしれない。その刻は、今度こそ式を戦わせなければ…。

 いつまでも、戦いに関わらない訳にはいかない。
 末は、月夜自身も帝の剣として式を操らねばならぬ刻がくる。
 式を使役する本来の目的は、ガルナの神である帝を守ること。
 そしてそれが、国を守ることにもなるのだ。

――でも、あの魔物に勝てるのか?

 不安は余りあった。
 第一に、叉邏朱はともかく阿修羅は自ら下った式だ。
 朱雀の名に従わない式を、果たしてどこまで操れるのだろうか。
 それから月読としても未熟な月夜の力で、性質に反する神の式がどこまで闘えるのだろう。
 考えれば考えるほど、闘える自信は薄れていくばかりだ。
 月夜はもう、それ以上考えることをやめた。

――今はとにかく、敵の正体を突き止めよう。

 どんどん深くに進むほど、辺りの気配が騒がしくなっていくのを、月夜は感じていた。
 その気配がなんなのか、限定するにはあまりにも強大すぎる。
 それに、あまりにも清廉で、なんだかどこかで感じたことのあるような…。
 月夜はふと脚を止めた。
 まだまだ遥かに先だが、恐らく神山との境界線に何かある。
 そこに、敵が入ろうとするのが伝わってきた。

――バカな…普通の人間が神山に踏み込むなど!

 月夜は焦り阿修羅の名を呼んだ。
 一瞬にしてもとの大きさに戻ったその背中に飛び乗る。
 尾行に気づき無茶を承知で飛び込んだのか、それとも…?