途端に鼓動がひとつ、大きく鳴り響いた。
 また、逢えるだろうか?
 ふと沸き上がった期待に、ハッとしてかぶりを振る。

――こんなときに、何を考えているんだ。

 月夜がふわふわの毛並みに顔を埋めた刻、阿修羅が突然走るのをやめた。
 反動で振り落とされそうになり、必死で首にしがみつく。

「なんだ、どうした阿修羅?」

 顔を上げると、前を走っていた敵の影が霊山へと入っていくのが見えた。
 遠くまで来てしまったせいで、もう少し経てば陽が昇る刻限になってしまう。
 明るくなってくれば、今度は気づかれてしまうかもしれない。
 月夜は意を決し、阿修羅から降りて霊山に向かった。

「こらっ! お前はついてくるな。その巨体じゃ、見つかってしまうだろうっ」

 ついてこようとする阿修羅を小声で一喝すると、みるみるうちに身体は縮んで、普通の犬のようになってしまった。
 自慢げににゃんと啼く阿修羅を叱る気にもなれず、月夜はあきらめたようにまた歩きはじめた。

――しかし、本当に気づかれていないのだろうか?もしも罠だったら…?

 だが、今の月夜を罠にはめてどんな意味があるだろう?
 月読にも側使にもなりたての人間など、剣にも盾にもならない。
 それに月夜ほどの月読などいくらでもいる。
 宮にしてみれば、そんな月読の一人くらい、簡単に切り捨ててしまえる。
 理性的に考えれば、それはきっと正しい。
 いざとなれば、少なくとも十六夜の障害になりうる種は、自ら刈り取らねばならない。
 月夜は護身用に身につけていた護り刀に手をかけた。

――もしそんなことになったら、十六夜は怒るだろうか?

 月夜は、引き締まる思いを胸に、霊山の中へ脚を踏み入れた。