月夜は走り出していた。
 足場の悪い階段を、わき目もふらずかけ上がる。
 しかし頂上にはなかなかたどり着けず、そこでようやく叉邏朱の存在を思い出すが、通路が狭すぎて呼び出すことができない。
 それに宮廷内で式を召喚するには、本来なら月読最高位の許可がいる。
 ということはつまり、いま式を操っているのは宮の者ではない可能性が高い。

「暗殺者か…!」

 階段を上りきった月夜は、すぐに阿修羅を呼んだ。
 闇の中で敵を見失ったが、その匂いは残されているはずだ。
 姿を現した阿修羅に飛び乗ると、すぐに何者かの匂いを感じたのか風を切る。
 凄まじい気流に吹き飛ばされそうになりながら、月夜は闇の向こうに目を凝らした。
 細めた眼には映らないが、それが少しずつ形になっていくのがわかる。

「いったい何者だ…」

 段々と距離が縮まっていく。
 こちらの方がいくぶん速いようだ。
 それともつけられていることに気づいていないのか?
 それにしても、この方向に行けばたどり着くのは霊山しかない。
 そんなところに何の用があるというのだろう。

――本当に暗殺者なのか?

 そんな疑問が湧くが、宮が騒ぎの渦中にある刻を狙ったように、裏からこそこそ逃げ出すなど怪しすぎる。
 月夜は思い直すと、阿修羅に速度を緩めさせた。
 気づかれていないのなら、都合がいい。
 敵を見失わない距離を保ち、行く先を突き止めれば、その目的もわかるかもしれない。
 月明かりで広くまで見渡せる今夜は、空を飛んでいくより同じ地上を行く方が目立たないと踏んで、月夜はそのまま走り続けた。
 やがて、見覚えのある景色が目前に広がる。
 これを最後に見たのは、あの男、雪と別れたあとだった…。