「月夜…そなたは、ガルナの皇族がこのような顔布を着ける本当の理由を、知っておるか?」

 十六夜が椅子から立ち上がり、月夜を見下ろす。

「直接の拝顔が畏れ多いからでは…?」

 十六夜は顔の半分を覆った薄い顔布に手をかけた。

「そんなもの、実に他愛もない詭弁じゃ。おまけにこの下を見ることができるのは、余の妃になる者だけらしいぞ。どうじゃ月夜、余の妃になってみるか?」

「十六夜…知らなかったのか?」

「なにをじゃ」

「ボクは男だ」

 一瞬、沈黙があたりを包む。
 次の瞬間、十六夜が弾けたように笑い出した。

「そうか、そうじゃったな! しかし月夜、そなたになら余の顔などいくら見られても構わぬが…見てみるか?」

 散々笑い転げた十六夜が、無造作に顔布を捲り上げるのを、月夜は間一髪で押し留めた。

「十六夜! ボクを信頼してくれるのは嬉しいけど、さすがにそれはやめておこう。こんなところを見つかったら、ボクだけの問題じゃなくなるぞ!」

 焦る月夜に、十六夜は大げさに嘆息して見せる。

「帝の威信にかかわる…か? どうにも面倒じゃな。次に国をつくる時は、こんな顔布は廃止じゃ!」

 ふて腐れたように顔をしかめた十六夜に、月夜も苦笑った。

「あなたはもうひとつ国をつくる気か?」

 顔布の下の瞳が、煌めいたように見えた。

「新しい宮殿には、そなたの部屋も用意させよう。余の部屋の隣じゃ! いつでもこれで、逢いたい時に逢えるぞ、どうじゃ嬉しかろう?」

 得意げに胸を張られ、月夜は堪えきれずに噴き出した。

「はいはい、すごく嬉しいよ。ったく、夢みたいなことを…」

 十六夜の変わらぬ無邪気さに、馬鹿馬鹿しくもどこか癒された月夜だった。