しかし白童には、これまで本当のわが子同然に育てられた。
 いまではそれがすべてとなってしまった。
 思い起こせば何事にも厳しかった。
 そして不器用なほど優しかった。

「ボクは……なにも返せないままになってしまった……」

 いまとなっては、白童がなぜ月夜を育てることになったのか、それを知るすべはない。
 月夜はこぶしをぎゅっと握りしめた。

「せめて、白童様がなぜ亡くならなくてはならなかったのかを、つきとめたい……」

 にわかに部屋の外で足音が響いた。
 次いで名を呼ばれた月夜は戦慄した。
 また、なにかが起こったのか?
 扉を開け、息を切らし駆け込む月読たちの持ち込んだ凶報に、月夜はわき目もふらず駆け出していた。

――十六夜が…?

 全身の血液が逆流するような衝撃にうちひしがれながら、帝の宮殿へ向かう。
 冷たくなっていく手足を必死に動かして、もつれる脚で十六夜の部屋を目指した。
 まさか今度は十六夜まで失ってしまうのかと、月夜は絶望の淵を除き込んだような気分だった。
 長い長い廊下を、ぐちゃぐちゃの頭で走り続け、月夜はようやく十六夜の部屋の前にたどり着く。
 近衛の許可もないまま、間髪いれずに飛び込んだ。

「月夜」

 全身で息をしながら声も出せずに唖然と扉の前で立ち尽くしていると、こちらに気がついた十六夜が月夜を見て微笑む。
 思わず倒れ込むように駆け寄った。

「……怪我は?」

 見ればどこにも傷は見当たらない。
 十六夜の様子も、いまの月夜よりはずいぶんと落ち着いてみえる。
 側使の慌てた姿に、十六夜を囲んでいた者たちのほうが、何事かと気色ばんだ。

「案ずるな、見ての通りじゃ」

 身体中から力が抜けて、月夜はその場に倒れそうになった。