執務室をあとにした月夜は、月読の部屋にもどり机の上に広げられたままの白童の蔵書をながめていた。
 ナーガ寄贈の書には、ガルナによく似た建国の歴史が描かれている。
 違うところと云えば、始祖は降臨した神ではなくその子としている点、国の民もまた神の子とされている点だ。
 確かに、ガルナの王族はみな神の子孫と云われているが、その姿は顔布に覆われているとはいえ、民と大差ないように思える。
 神と云えば…月夜は、霊山で出逢った美神を想像した。
 太陽の如く光り輝く存在。
 あれこそが神だと確信できた。
 圧倒的な威圧感は、ある種の快感さえ呼び覚ます。
 帝が神だと云うのなら、それこそ命など投げ出しても勅命に従いたくもなるだろう。

――いや、神の子孫である帝もまた神であるのは当然か。

 だから宮の人間は帝を崇拝して疑わないのだ。
 神を疑わないのと同じように…。

「しかし、この神が眠っているというくだり…もしも真実なら、ガルナのどこかにも神が眠っているのだろうか?」

 神と云えば不死の一族。
 ガルナの建国の祖、朱雀も神。
 碑文の書には、朱雀は国を建て、次の王を見届けてから神山へ還ったとされている。
 ならばいまも、神の国からガルナをながめているかもしれない。

――ながめて…。

 月夜はときおり感じることのある何者かの視線を思い出していた。
 それが神のものである訳はないが、それでも、幼い頃から自分を見守ってきたそれは、月夜にとって神にも等しい存在であるのは違いなかった。

「白童様…教えて下さい。あなたは本当に…病だったのですか?」

 白童には訊きたいことが山ほどあった。
 月読を目指してから、話すことも少なくなり、叶ってからは逢うことさえ難しくなった。