「申し訳ございません…過ぎたことを申しました」

 季の祓の儀式が、帝にとってどれだけ重要なことなのかは理解したつもりだった。
 しかし聖地があの霊山よりも苛酷と伝え訊く、神山であるというのには、いささか疑問が湧く。
 普通の人間が立ち入ることは、破滅を意味する場所だと云われているにも関わらず、なぜわざわざそのような所で儀式を行わねばならぬのか?
 しかし、そう思っているのは月夜だけのようだった。
 月読をはじめ、他の誰一人勅命に抗おうというものはいない。
 帝のためには、命を奪われることさえもいとわないのが、宮の人間なのだ。
 ときおり、その狂信的な崇拝に違和感を禁じ得ない月夜だったが、いまや自分も帝に命を捧げる者の一人なのだ。
 だが本当なら、前帝亡きあと玉座についていたのは、兄の冥蘖のはずであった。
 冥蘖はなぜ、即位直前で王位を退いたのか?
 そのときは白童も、冥蘖を説得したと訊く。
 しかしその意思は変えることができなかった。
 こうして帝の側使になれたのも、十六夜がその地位についたための偶然の出来事。
 まさに寝耳に水の果報である。

「そなたにも、案件についてもらう時機がきたようじゃな。白童亡きいま、あの者に代わる実務に携われる月読は限られておる。やがては白童を継ぐまでになってもらわねばな」

 月夜はハッとした。
 次期最高位と呼ばれる天照の前で、十六夜は堂々と彼の地位を脅かす発言をしたのだ。
 これが月読同士の云ったことなら、単なる戯れ言で済んだかもしれない。
 だが、帝の言葉ともなれば、さすがの天照も心穏やかではいられないだろう。

「微力ながら…期待にそえるよう、精進致します」

 月夜は複雑な思いで低頭した。