『うにゃーん…』

「阿修羅?」

 月夜は頭に響く声に耳を傾けた。
 幻聴?
 それとも慰めだろうか。
 脳裏に瞬くような光景がよぎった。
 それは次の瞬間、男の姿を映し出す。
 なぜそれが浮かんだのかわからず、動揺し、足許がふらついた。
 大きな音と共に、積み上げられた書物がなだれ落ちた。

「どうして……たった二度、逢っただけの……」

 胸を締め付けるような息苦しさに襲われる。
 逢いたい…と思ってしまう自分に戸惑い困惑した。
 彼が、あの男が助けてくれるとでも云うのだろうか?
 あのときのように…。

「馬鹿なこと……どうかしている」

 邪念を振り払おうとかぶりを振り、ふらふらと部屋を横切った。
  扉から身体をすべり出させ、導かれるように外へ向かう。
 ナーガの書物を手にしたままで。

「考えなくては……白童様がなにをなさるおつもりだったのか……考え……」

 月明かりでおぼろな宮の壮大な敷地、陽のもとでは色鮮やかな帝の宮殿も、いまは息をひそめ眠りについている。
 近衛の灯すあかりが、結界のごとく周りを囲んで、宮殿を守る精霊のように見えた。

「にゃうー」

「わ! 阿修羅? いつからそこに…っ」

 突然現れた式に、背中を鼻でつつかれた。
 つんのめった月夜は慌てて体勢を取り繕う。
 阿修羅はさらに背中を押してきた。

「なんだ、阿修羅やめろ…なにがしたいんだ!」

 わけもわからず月夜は阿修羅と距離をとった。
 後ずさりながら、大きな毛むくじゃらの身体を見上げる。

「なうな〜う」

 そう空に吠えると、一瞬のうちに巨体が弾けて消えた。

「なんなんだ、ほんと…に…」

 月夜はピクリと動きを止めた。
 覚えのある気配を背に感じて硬直する。