書物の表題はどうやら、万民向けの民話集である。

「こんなものまで読んでらしたのか、白童様は…」

 そして開かれた頁には、ある国の伝承が綴られていた。

――不死の神が降臨せし聖なる地…。

『国のはじまりは、一人の神が降り立った聖地からおこった。神は人間の一人を迎え入れ、始祖となる人間をつくった。神の力を受け継いだ人間は、神と同じように一人の人間を迎え入れ、10の王をつくり万の民をつくった。神が還った後も、始祖は国を守る神となり、いまもこの聖なる地で眠っている』

「多少の書き違いはあるが、ほぼガルナの建国正史だな…この文字はナーガ王国のものか」

 表紙うらには、寄贈の印が記されてあった。
 奇妙に一致する建国の歴史に、首筋がざわめいた。
 このような伝承などどこにでもありそうだが、なぜわざわざナーガの書物が寄贈されてここに存在するのか?

「そもそも誰からこんなものを…」

 頁を隅々まで調べたが、とくに変わった点もなく、月夜はそれを机の上に置いた。

――イシャナはボクに何を見せたかったんだ?

 首を傾け、部屋の扉の向こうに気を飛ばす。
 何の気配もない。
 もう、この部屋の主はいないのだ。
 主を世話する者も、誰一人いなくなった。
 静まり返った部屋の灯りが、小さく揺れているだけ。
 急に辺りが肌寒く感じられた。
 こんな刻に、からっぽの部屋で一人たたずむ自分が、ひどく心許なく思えた。

「白童様……私は、どうすればいいんですか? あなたという師を失って…一人でどうすれば帝を守れますか」

 胸の中に、堰を切ったように寂寥感があふれる。
 耐えきれず折れそうになる心を必死に押さえつけた。

――ボクには誰もいない。もう誰も…。