不意に語調を変えたイシャナが、いきなり月夜の腕を掴んできた。
 引き寄せられて、二人の顔が近づく。

「なんや気になりましたんや…月夜様があんまり…」

「……っ……」

 掴まれた腕が、振り払おうとしてもびくともしない。
 月夜はもう片方のこぶしに力を入れた。

「一生懸命で可愛らしゅうて」

「な……っ」

 身体中が総毛立つ感覚を覚え、月夜は握りしめたこぶしを振り上げた。

「おっと、あぶないあぶない。暴力はあきまへん。ただの誉め言葉ですやん」

「どこがだ! お前のそのふざけた態度、腹が立つ!」

 月夜の腕を離すと、イシャナはひょいと傍から逃げていった。
 そして肩越しにクスリと笑う。

「月夜様なら、真実に辿り着くんもそう遠くない思いますけどな」

 意味深なイシャナの言葉に、白童の姿が重なって見えた。

「お前は……どういう意味だそれは。何を知っている!」

「ほな、探し物頑張って下さい」

 するんと入口から出ていったイシャナを追って駆け寄るが、部屋の外にもうその姿はなかった。
 月夜の中で、あの異邦人への疑心が高まった。
 突然現れて、何かを知ったふうに云ったかと思うと風のように消えた。
 あれを疑わずして何を疑うというのか?

「調べることが増えたな…」

 思わずポツリともらす。
 振り返って室内を見回した月夜は、ふと机の上に気をとられた。
 先刻まで書物が積み上げられていただけだったそこに、いつのまにか頁の開かれたものがある。
 不審に思ったが、部屋には他に誰もいない。
 月夜はわずかに緊張をまとい、机に近寄った。

「これは……イシャナか?」

 いまここで書物に触れたのは、自分と彼しかいない。
 自然と答えはそうなる。
 しかしなぜこんなことを?
 月夜の猜疑心が騒ぎ立てた。