「…相変わらず疑い深いですね」

「ここにいるのは余とそなただけじゃ、堅苦しい云い方はやめぬか。余を名前で呼ぶのはもはや、月夜以外おらぬ。寂しいではないか…」

 実際は二人ではないのだが、近衛は帝の命を訊く以外に耳を持たず、生涯言葉を発することも許されていない。
 すでに人としても見られていないのだ。
 とは云っても、月夜には完全に無視することなどできなかった。
 声を潜めて十六夜に耳打ちする。

「白童様のことで少し気になることが…十六夜は白童様についての報告を受けてるんだろう? その…」

「白童の…死因のことか。受けておるぞ。心の臓の病であったとか…何か問題でも?」

 しばし黙考したあと、月夜はふたたび口を開いた。

「白童様が心の臓を病んでいるなど、訊いたこともなかった。本当に病だったのか…まさか、何者かに――」

「何を云い出すのじゃ、月夜。白童が殺されたとでも思っておるのか?」

「……前帝はなぜ亡くなったか知っているか」

 月夜の言葉に、十六夜は思いがけなく驚いた顔を見せた。
 父が暗殺されたことを、彼は知らなかったのだろうか?
 それとも――。

「……白童から訊いたのか?」

 重々しげに口を開いた十六夜は、顔布の向こうで眉根をよせた。

「白童様は十六夜を心配して……ごめん。こんなこと、云うべきじゃなかった。でもボクは…」

「よいのじゃ。いつかはそなたにも打ち明けねばならぬこと。そなたは余の大切な側使なのじゃからな」

「十六夜…」

 二人は互いの背中に腕をまわした。
 どちらも父を亡くした者同士だ。
 月夜は、十六夜の辛い気持ちが痛いほど理解できた。