「これは…」

 顔をあげると、白童がじっと月夜を見下ろす瞳と見合った。

「私の養母の形見だ。思えば、お前を育てることになったのも、朱雀帝の思し召しだったのであろう…酷なことではあるがな」

 なぜ白童がそれを自分に渡すのかわからず、彼の冷えた手に頭を触られ、ますます強まる不安に鍵を持つ手を握りしめた。

「その使い方は後々わかる。それまで決して離さぬようにな」

 白童に促され刻の間から出ると、重い扉がゆっくりと閉じた。
 先刻訊かされたあまりにも恐ろしい事態に、月夜はしばらく口をひらくこともできず茫然と部屋に戻った。
 握りしめたままだった鍵を、そっと指をひらいて確かめる。
 わからないことだらけだった。
 前帝が暗殺?
 宮の中に弑逆者がいる?
 それが本当なら、なぜ他の誰も騒ぎたてないのだ?
 ふと、不思議に思う。
 白童はなぜあんな云い方をしたのか?
”帝から目を逸らしてはならぬ”
 十六夜がなんだと云うのだ。
 なぜ帝が殺されなくてはならなかった――。

「…暗殺?」

 月夜は瞠目した。

「もしや十六夜も…?」

 背筋がゾッとした。
 前帝が何者かに狙われたのなら、現帝の十六夜に危険がおよぶ可能性もあるはず。
 白童が云いたかったのは、そういうことなのか。

「十六夜があぶない…」

 東の空が仄かに色づきはじめ、遥か彼方に光が射すまで、月夜は一睡もできず寝台の上でただじっとしていた。
 さすがにうとうとと眠りかけたとき、にわかに部屋の外が騒がしくなって目をあけた。

「……なんだ?」

 不意に扉の向こうで人の気配がした。

「月夜様…月夜様、大変でございます」

 そのただならぬ様子に、月夜の全身を不気味なものが駆け抜けた。