二人の重みでベッドが軋み、真っ白なシーツの波はその形を幾重にも変えていく。過剰に摂取したアルコールのせいなのか、はたまたこれから行われる行為に対しての気持ちの高ぶりからなのかは判らないが、既に火照りきってしまっている身体にパリッとしたシーツの冷たさが心地良い。
 酔いに身を任せた二人が今、一つになる事をお互い強く願い、あれ程身体の関係になりたくないと拒んでいたのが嘘の様に、今は彼と結ばれたいと心から思っていた。

 自分の事をいつも気に掛けてくれて、決して無理強いはしない。彼女の為なら睡眠時間を削ってまで時間を作ろうとする、ジャックの純粋な思いがついに叶子の心を動かした。

 ──もう、迷わない。
 実のところ本当はもうずっと前から覚悟は出来ていた。
 でも、自分からそういう事を言い出すことが出来ず、そんな雰囲気になっても照れ隠しでやんわり拒絶の態度を見せていた叶子。自分勝手だとは思いつつも、もう少し強引に求めて欲しいと内に秘めていたがものの、優しい彼はそれ以上求めくることはしなかった。

 ジャックの優しさにつけこんでここまで来たが、流石に叶子の方がもう限界とばかりに今は彼を求めている。

 今、目の前にいる彼は信じられないといった顔をして、少し不安そうにして見える。
 彼の事だから、こんな事になろうとは思っても見なかったのだろう。
 ほんの少し泳がせている目で『本当に、いいの?』と改めて叶子の気持ちを確認してくれる彼が、今は愛おしくてたまらない。じっと目を見据え頷いた叶子に、ジャックはまだ信じられないといった表情で狼狽えていた。

「──もう逃げないから。言ったでしょ? 向き合って行きたいって」
「カナ……」

 自分は酔った勢いで言っているわけではないと判ってもらおうと、にっこりと微笑みながらそう言うと、眉を顰めたジャックの目にはうっすらと涙が浮んでいた。

 伏し目がちにした彼の顔が徐々に距離を詰めると、自然と口唇が触れ合う。二度、三度と小鳥が啄ばむような口づけを交わす。それに痺れを切らした叶子がジャックの頭を引き寄せるとほぼ同時に二人の舌が絡み合い、互いの欲望を吐き出す合図が出された。
 すぐに息が乱れ、口唇の隙間から吐息が零れ落ちる。それが二人の聴覚を刺激して興奮の坩堝(るつぼ)と化す。
 まだキスをしているだけだと言うのに、彼に触れられる所全てが敏感になり意思とは反して甘い喘ぎ声が漏れてしまう。

「カナ」

 彼の口唇が頬を伝い首筋を這い出した時、切なくて苦しそうな声で名前を呼ばれた。

「カナ、――愛してる」

 何度でも惜しみなく浴びせられる愛の言葉に身体が、心が反応し、あっけなく叶子の思考は溶かされて行く。
 ルームウェアから少し覗いている鎖骨に沿う様に次々と落とされる彼の口づけ。口唇で挟むようにして進む生暖かい感触に身体が震えた。
 顔のすぐ下にある蠢く彼の髪。洗いたてのシャンプーの匂いが自分と同じなのだと思うと、ますます欲情が駆り立てられる様な気がした。

 ベッドに縫い付けていた手をふいに離され、温もりを失った事に急に寂しさが込み上げてくる。彼の利き手が叶子の胸のボタンを一つ、二つと片手で器用に外される。冷たい空気に触れた肌は再び熱を求めた。

「……あっ、……」

 曝された肌にジャックの温かい手が滑り落ちる。思わず零れ落ちた吐息と共に喉を逸らした。
 ジャックのもう一方の手が、叶子の肘に溜まった上着を取り払う。一時も離れる事が出来ないとばかりに上体を起こしたジャックと舌を絡めながらベッドに両肘をつき、叶子も彼を追い求めた。
 チュッという水音と共にジャックが来ていたTシャツを一気に脱ぐ。そして、そのTシャツは煩わしいとばかりにベッドの外へと放り投げた。

 額に薄っすら汗が浮かび、何かに耐えるようなジャックの表情。男性だと言うのにとても艶めかしい。叶子は自然と伸ばした手をその頬に触れさせた。

「──?」
「もっと良く貴方の顔が見たい」
「カナ」

 頬を包んでいるその手を彼が握り締め、手の甲にそっと口づけた。
 途端、先程までの情熱的な感情が静まり、彼の視線を感じながらもその唇は小さく音を立ててそのまま叶子の腕をゆっ。……くりと伝い始めた。

 焦らされる感覚に頭の回路がショートしそうになる。
 じっと目を見つめられながら徐々に近づいてくる赤い舌を見ていると気が狂いそうになり、たまらず息を呑んでこの耐え難い羞恥に頬を染めた。

 二の腕を通り、肩を舐め、やがて彼の口唇が叶子の首筋を捕らえると、耐え切れず叶子の口唇から大きな声が零れ落ちた。

「…っん…あっ…」

 彼の広い背中に腕を回し強く抱き寄せる。左右の首筋を彼の頭が交互して、それに合わせるかのように彼に首筋を差し出していく。既に息も絶え絶えになっている所へ彼の舌は更なる刺激を求めようと、徐々にその位置をずらし始めた。
 そうしてゆっくりと移動する柔らかい口唇が丁度胸の谷間に到達した時、──コトは起こった。

「──?」

 抱き寄せた彼の身体の重みが増したと思った途端、彼の動きも止まった。
 いくら細いと言えども長身の彼の全体重が掛かると、流石に呼吸もままならない。

「く、苦しい」

 彼の背中に回した手で二、三度背中を叩いてみるがピクリとも反応しない。

「??」

 胸元に顔を埋めている彼を上から覗き込むと、何と彼はスースーと寝息を立てて眠っていたのだった。

「へ? 嘘?? ……、──。」

 こんな時に寝てしまえるなんて、と、あっけにとられたが、次の瞬間クスッと微笑みながら彼の頭をいとおしそうに両手で抱え込んだ。
 ジャックの頭に自分の頬を寄せ、まるで小さな子供をあやすように彼の髪を撫で続けた。