大丈夫、私。
向こうにもきっと素敵な先生はいっぱいいる。
友達だってちゃんとできる。
「わかりました。移動します」
すこし不満そうな声色で私は返事した。
「わかってくれてよかったよ」
私の様子を見て理事長先生は満足そうに頷いた。
私を説得できたことにいい気分に浸っているようだ。
くっそ、覚えてなさい!!
いつかその偉そうな雰囲気を醸し出している髭、1本残らず抜いてやるんだから!!
とりあえずいまは転勤の用意をしないと。
荷造りしたり、ほかの先生に挨拶したりなどすることはいっぱいだ。
私は嫌々一礼して、早歩きで出入り口に向かい、ドアノブに手を伸ばした。
あれ、1つ聞き忘れていることが……。
私はくるりと理事長先生の方に向きなおした。
「そういえば、私の転勤先の高校ってどこですか?」
「ああ、そういえば言ってなかったね」
そういって机の中から地図を取り出した。
私はそこに近づいて地図を覗き込む。
理事長は隣町にある高校の名前を指さした。
「君の転勤先はここ、南原高校だ」
「南原高校……?」
どんな学校だろう?
聞いたことのない高校名だから、女子高ではないみたい。
「ちなみにここは、男子校だから」
「えっ、男子校……?」
「そう、男子校。頑張ってくるんだぞ」
理事長は私の肩をぽんぽんと叩くと、そのまま部屋から出て行った。
私はただただ呆然と立ち尽くしたまま。
「嘘、でしょ……」
私、須藤めぐ。
女子校の教師でしたが、突然なことに男子校へ転勤することになりました。
「もっ、もう8時!!遅刻する!!」
私、須藤めぐは息を切らしながらただひたすら走っている。
急な転勤の報告から1日。
荷物をまとめた私はある場所へ向かっていた。
新しい職場。
男子校の南原高校へと。
その高校は私の住んでいるマンションから徒歩約20分のところをにある。
近いからゆっくり出勤しても大丈夫。
なんて思っていたのが間違いだった。
行くまでの道のりがすごく複雑。
右に曲がったと思ったら次は左。
右、左、右、左……。
まるで迷路みたい。
そんなぐにゃぐにゃな道筋は未だに続いている。
もうなんなのよ、これは!!
ただでさえ今日から悪夢に始まりっていうのに……。
私を困らせてなにが楽しいの!!
自分の不幸さに思わず、涙が出そうになった。
ぐすっと鼻が音を鳴らす。
ええい、挫けては駄目。
きっと良い事も起こるはず。
大きな不幸がくるならその分、大きな幸せもやってくるはず。
自分を慰めるために必死にポジティブシンギング。
そうじゃないとやってられないよね。
そのまま私は曲がり角にさしかかった。
ここを右に曲がればもうすぐ目的地。
歩くスピードが加速した。
そのときだった。
どんっ!!
「きゃあぁ!!」
「うわぁ!!」
大きな音とともに私はバランスを崩した。
それと同時に肩に痛みを感じた。
そのままおもいっきりしりもちをついてしまう。
激痛を我慢しながら、脳が必死でいまの現状を把握した。
目の前には痛そうに顔をゆがめる人。
もしかして、誰かにぶつかっちゃったっ!?
何このラブコメ展開……!!
なんて考えている場合じゃない。
とにかく謝らないと……。
「あの、すみません……」
向かいで私と同じように倒れている人に声をかけた。
とても痛いのか、その人はイテテと呟いていた。
もしかして怪我させちゃった!?
ど、どうしよう……。
私は急いでその人に駆け寄った。
そのとき思わず目が合った。
淡い黄色の綺麗な瞳。
とっても大きくて。
それを縁取るかの様に並んでいる睫毛も1本1本がとても長い。
私は思わず見とれてしまった。
「ねぇ、ちょっと」
「……」
「ねぇってば!!」
「は、はいぃ!!」
ビクンと身体が跳ね上がった。
見とれすぎていたせいか、向かいの人の呼びかけに気付いていなかったようだ。
「ぶつかってきたのになんで何も言わないのかな?」
「え、あ……、ごめんなさい」
って、私さっき謝ったよね!?
なんでもう1回謝らなくちゃいけないの!?
「何か文句でもあるの」
「い、いいえ。ないです……」
まん丸だった瞳が鋭くつり上がり私を睨んでくる。
その目に逆らえず、私は言葉を噛み殺した。
にしても、人間見た目とは性格が違うものね。
すっごく偉そうな奴!!
目の前に人はすごく可愛らしい容姿だった。
クリーム色ですこしうねっているショートヘア。
色白でとっても小顔。
一見女の子にも見えなくないが、喉にあるその喉仏で性別がはっきりした。
黙っていればモテそうな人ね。
私の彼の第一印象はこんな感じだった。
「あーぁ、服が砂で汚れちゃったよ」
その人は立ってぱんぱんと服の汚れを掃っていた。
私は座ったまま、ずっとその様子を見ていた。
そんな視線に気がついたのかゆっくりと私に近づいてくる。
さっきの彼の表情を思い出し、思わずビクッとした。
「なにビビッてるの?早く立ちなよ」
私の前にそっと綺麗な手が差し出される。
思わずドキッとしてしまった。
「ありが、とう……」
その手を取り、立ち上がろうとした。
そう思って膝を伸ばしたとき、彼が思いっきり私の腕を引っ張ってきた。
そのままバランスを崩し、彼にもたれかかる体勢になってしまった。
視界が暗くなる。
さっきまであった可愛らしい顔がぜんぜん見えない。
唇から感じる謎の感触。
ほんのりと暖かい。