「なんだ迷子か」
「そんなんじゃないわよ!!」
大声で反論したとき。
チャリン
私の手から小銭が零れ落ちた。
それはコロコロと転がり、見事に自販機の下へ。
「いやあああああああ!!」
「うぉ、なんだよ!?」
突然の悲鳴に天上先生はビクッと肩を上に上げた。
でもそんなことはお構いなし。
私の百円が!!
大切な大切な百円が!!
すぐに私はしゃがみ込み、自販機の下に手を突っ込む。
ぐいぐいと奥への伸ばす。
しかし取ることができない。
せいぜい中指の先に少し当たるぐらいだった。
手を引き抜いた私は、呆然としていた。
「おい大丈夫かよ、オマエ」
「百円が……」
「別に百円ぐらいいいじゃねぇか」
「良くないわ!!私の、私の一ヶ月のお小遣いの残りがぁ!!」
「え、まじかよ」
その通り。
私のサイフの中に入っているのは、さっき落とした百円、ただ1枚のみ。
こんな形でお小遣いを使い切るなんて!!
一方天上先生はそんな私に声をかけることも無く、黙々と飲み物を買っている。
ふんっ!!
お金に余裕がある人はいいわね。
ガコンと缶ジュースが落ちる音がした。
天上先生は自販機の取り出し口のカバーを上げ、缶を取り出す。
ぴたっ
「ひぃ!!冷たい!!」
先ほど買った缶を天上先生は私の頬にくっつけてきた。
何、なによ!!
「その、俺の責任でもあるしな……。飲めよ」
「えっ」
「ほら、いいから!!」
私は慌てて受け取り、プシュッと開けた。
種類はオレンジジュース。
甘酸っぱくてとてもおいしい。
「飲んだらさっさと学校にいけ」
「あの天上先生の分は……」
「いらん」
天上先生は靴紐を強くくくり直し、また走る体勢をとっていた。
「その、脅かしたりバカにしたりして、スマン……」
そう言って天上先生は急いで走り去っていった。
額についた汗が頬を伝って落ちる。
日の光りを浴び、キラリと光った。
「シャイなくせに……」
天上先生の顔は、後ろから見ても真っ赤になっているのが分かった。
⇒100ページへ
◆ ◆ ◆
「通常運転」
いろいろ遭ったけど、何とか出勤できた。
校門をくぐる生徒達。
何人もの人が挨拶をしてくれた。
みんな良い子だな。
なんだかとってもいい気持ち。
今日も頑張ろう!!
「邪魔だヘンタイ女」
ベシッ
「痛いっ!!」
叩かれた部分を擦りながら振り返ると、そこには菊池先生が。
ちょっと眉間にしわが入っている。
ご機嫌斜めのようだ。
ツンと鼻を刺すアルコール臭。
さては二日酔いね。
「勇斗ー、大丈夫?」
「このくらいどうってことねぇよ」
そしてもちろんのようにいる、色気ムンムンなお姉様。
それもこの前に見た人ではない。
この人は一体何人の女の人と付き合っているのだろう?
「じゃ、仕事だから」
「うふふ、今夜も待っているから」
お約束のフレンチキッスでお別れ。
何度も見てきたけど、今のだにこの別れ方には慣れない。
見てる側には不快感しかないわ……。
私はクルリと反対を向いて歩き出した。
「ちょっと待てよ。一緒に行こうぜ」
「こないでエロ魔人」
「何でそんなに機嫌悪いんだよ」
私は足を止め、菊池先生と向き合った。
ここは学校。
生徒が多くのことを学び、育っていく場所。
そんな場所に不純な関係を持ち込むこの男。
今日こそはガツンと言ってやるわ。
「ここは学校ですよ!!いい加減女の人を連れ込むのはやめてください。生徒も見ているんですよ!!」
「なんだよオマエ」
無駄に低くなった菊池先生の声が、私の背中を逆なでた。
ぞわぞわと感じる恐怖。
偉そうに言い過ぎた!?
もしかして怒らせた!?
ど、どうしよう……。
「オマエ、妬いてんの?」
ハイ?
頭のなかがはてなマークでいっぱいになった。
「なんだよ、結局はこの俺に相手して欲しかっただけかよ」
「いやいや、私はそんなこと一言も言ってませんが……」
「照れんなよ」
菊池先生は私を軽く抱きした。
顔を私の耳に近づける。
微かに耳に当たる生暖かい吐息。
「もちろん、オマエのことも可愛がってやるよ……」
「っ……!?」
そして最後に軽く私の耳たぶを噛んだ。
思わずビクッと肩が跳ね上がった。
ガクンと膝から崩れ落ちる。
「じゃあな、俺の可愛い子猫ちゃん」
何事もなかったかのように、菊池先生は去っていった。
顔が熱い。
何も考えられない。
ドキドキが止まらない。
⇒[EP04 放課後 ※現在執筆中]へ
◆ ◆ ◆
EP04 放課後
「お腹いっぱい」
授業が終わり、日も傾き始めた5時頃。
青かった空は綺麗なオレンジ色に染まっている。
「須藤先生、ちょっといいですか?」
職員室から出て、帰ろうとしていたところを悠先生に呼び止められた。
「どうかしたの?」
「その、ですね……」
悠先生は少し俯いてもじもじしている。
顔も林檎のように赤くなっている。
「よかったら、いまからケーキバイキングにでも、行きませんか……?」
こんな時間帯に!?
太っちゃうよ!!
でも、急にどうしたのだろう……?
「今朝のお礼がしたくて……」
「そんなあの一言だけで十分よ」
『今度は僕が守ります』
あの気持ちだけでも嬉しいのに……。
「それじゃ、僕が納得いかないんです!!須藤先生は強いので、誘拐されても自力で逃げそうですし」
最初はいいけど、最後の一言は……。
悠先生のなかで私は『女性』としてちゃんと認識されているのかな……?
まあ、せっかくのお話を断るのも悪いよね。
「じゃあ行きましょ」
「いいんですか!?」
悠先生はパッと顔を上げ、目をキラキラさせた。
大きな目はより一層大きくなった。
悠先生はバタバタと帰る用意をして、私を引っ張っていくかのように、職員室を後にした。