◆ ◆ ◆
目に映るのは真っ白な天井。
すこし鼻にツンとくる消毒液の臭い。
朦朧とした意識のなか、起き上がった。
「どこだ、ここ……?」
「保健室だよ」
「あ、岸谷……」
近くの椅子に岸谷が座っている。
いつも通りの温かい笑顔。
しかしどこか悔しさが混ざっているような。
とても複雑な笑顔に見えた。
「俺なんでこんなところに……」
「倒れたんだよ。覚えてないの?」
「あぁ、そうか……」
俺は少し俯きながら応えた。
「オマエがここまで運んできてくれたのか」
「違うよ」
岸谷はベットの方に目を配った。
そこにはベットに上半身を預けて眠る須藤の姿。
なんだか太股付近が重く感じたのはコイツのせいか。
「めぐちゃんが気付いて運んでくれたんだよ」
「あっそ。気にするなって言ったのに」
「そんなこと言わない!!」
普段は温厚な岸谷の、急な大声に思わずビクッとした。
「じゃあ僕はこれで。後でちゃんとお礼を言うんだよ」
岸谷は軽く手を振った後、保健室から出て行った。
……。
まあお礼ぐらいは言わねぇとな。
俺は腕を伸ばし、柔らかそうな髪を撫でた。
すこしくすぐったそうに須藤は笑った。
「あ、ありがと……な……」
面と向き合っていうのは恥ずかしいしな……。
いまも十分恥ずかしい。
顔がどんどん熱くなる。
「あー、クソッ!!」
俺は急いで布団に潜った。
こんな顔、見せられるかよっ!!
◆ ◆ ◆
天上先生が布団に潜った後。
「ふぅ……」
実は目が覚めていた私。
岸谷先生とのやり取りもしっかりと聞いていた。
「こっちが照れくさいわ……」
赤くなった顔を布団に埋めて隠した。
⇒[EP05 お誘い※現在執筆中]へ
◆ ◆ ◆
EP04 放課後
「図書室にて」
放課後。
空はオレンジ色に染まり、どこからか部活に励む生徒達の声が運動場から聞こえる。
時刻はもう5時すぎ。
そろそろいい時間かな?
私は机にある数枚の書類を整頓し、帰る準備を始めた。
「須藤先生、ちょっといいですか?」
声をかけられ振り返る。
そこにはもじもじとして女の子のようにしか見えない、悠先生が立っていた。
「どうかしたんですか?」
「いまから図書室に本を返しに行くのですが……。」
悠先生の視線の先には山積みの本。
その山がいくつも連なっている。
もしかして、いまから『これ』を返しに行くの……?
一体、何ヶ月も溜めたらこうなるのよ!!
「時間があったらいいんです……。運ぶの手伝ってもらえませんか?」
悠先生は申し訳なさそうな顔をしている。
断りたいけど、さすがにこの量は大変だよね。
もし私が悠先生の立場だったら、同じ行動をとるに違いない。
「仕方ないな……」
「いいんですかっ!?」
「そのかわり、購買のアイスクリーム奢ってくださいね」
「あ、あうぅ……」
悠先生から、捨てられた子犬のような悲しそうな声が漏れた。
◆ ◆ ◆
ずっしりとした本の山を両手で抱えて図書室へ。
室内に生徒の姿はなく、シンと静まり返っていてすこし薄暗い。
窓から見えるグラウンドには、声を出して練習に精を出す生徒たちの姿。
この空間とはまったくの正反対の雰囲気。
なんだか怖いな……。
カウンターに本を持っていくと、そこには足を組んで本を読んでいる岸谷先生がいた。
私達が入室したのに気付き、綺麗な黒目がメガネ越しに私達に向けられる。
「やあ、めぐちゃん」
「こんにちは。どうして岸谷先生がこんなところに?」
「司書だからね。本を借りに来たのかな?」
「いえ、悠先生が……」
「借りてたもの返しにきましたー」
そう言ってカウンターにドサッと置かれる本の山。
そのあまりの量にぽかんと口を開けて呆然としている岸谷先生。
あまりの本の多さに、驚きを隠せないようだ。
暫くして岸谷先生は我に返り、はぁっと溜息をついた。
「またこんなに溜めて……」
「ごめんなさい……」
「ここの書籍は本来、生徒のために支給されているんですよ。貸し出し期間は守ってもらわないと」
「えへへー」
「『えへへー』じゃないよ」
困ったように笑っている悠先生の額を岸谷先生がペチンッと軽く叩く。
それと同時に「あうっ」と漏れる、悠先生の可愛らしい声。
その光景はまるで仲の良い兄弟のやり取りのように見えた。
あまりの可愛さに、思わずクスリと笑いが込み上げる。
ほんと、岸谷先生ってお兄さんみたいだな……。
「僕はいまから部活動があるので、失礼しますね」
叩かれて少し赤くなった額を擦りながら、悠先生は私にそう告げると、図書室をあとにした。
それを見送るかのように岸谷先生が「次期限破ったら反省文だからねー」と言った。
とりあえずこれで用事は終ったんだよね。
私もそろそろ帰ろうかなー。
岸谷先生にペコリと頭を下げて、退室しようとドアへ手をのばした。
「めぐちゃんももう帰るの??」
後ろを振り返ると、カウンターの小窓から岸谷先生が顔を覗かせて尋ねてきた。
うーん、どうしよう……?
◆見て回る ⇒117ページへ
◆帰る ⇒120ページへ
◆ ◆ ◆
・見て回る
今日初めて図書室に来たし、どんな本があるのか知りたいな……。
別にそんなに急いでるわけでもないし。
「時間があるのでちょっと見て回りますね」
「わかったよ。借りたいものがあったらいつでも言ってね」
そう言って岸谷先生は視線を再び手元の本へ戻した。
なにか面白そうな本はないかなー……。
背表紙を眺めながら狭い棚と棚の間を通る。
いまいるのは小説コーナー。
古いものから新しいものまであり、結構種類は充実しているようだ。
埃をかぶっている本もほとんどない。
きっとここの小説コーナーは人気なんだろうな。
暫くして棚の1番上にある、一冊の小説に目がとまる。
あ、あれは……!!
私の大好きな作家さんの処女作品!!
販売冊数も少なく、もう絶版されてなかなか手に入らないレア物!!
すごく、読みたい……。
私は目をキラキラと輝かせながら本へと手をのばす。
しかし、背表紙に少し指先が触れる程度で取ることができない。
なにか踏み台にできそうなものはないかと、あたりを見渡すが使えそうなものはない。
岸谷先生は読書に夢中だし、邪魔するのもなんだかな……。
こうなったら最後の手段!!
私は思いっきり床を蹴り上げジャンプした。
指がすこし本にかかり、わずかに動く。
この調子なら取れる!!
もう一度ジャンプしようとしたとき、私の後ろから手がのびたきた。
その手はいとも簡単に私のお目当ての本を引き抜く。
「届かないなら届かないって言ってくれればいいのに……」
知らないうちに岸谷先生が私の後ろに立っていた。
すこし困ったように眉を下げて私のことを見ている。
「ごめんなさい……」
「謝らなくてもいいよ。それで、読みたい本はこれかな?」
私の目の前にスッとお目当ての本が差し出される。
私はその本を受け取った。
「ありがとうございます」
「この本の作家さん、とってもいい文章を書くよね」
「岸谷先生も好きなんですか?」
「うん。この人の作品はすべて読みつくしたよ。この本はね、この人の処女作で初の恋愛小説なんだ」
「そうなんですか!?」
この作家さんはミステリー作品が多いから、処女作もそうだと思っていた。
なのに恋愛って、すごく驚いた。
「あの、これ借りてもいいですか?」
「勿論いいよ。あ、でも返却期限は守らないとダメだよ」
「悠先生みたいことしませんよー」
岸谷先生って哲学や評論ばかり読むような人だと思ってけど、小説も読むんだな……。
ちょっと意外。
家に帰ったらすぐにでもこの小説を読みたい。
それで岸谷先生と語り合えたらいいな……。
⇒EP05[お誘い(現在執筆中)]へ