「今日から君は転勤だから」
「えっ」
約10分、私は目の前にいるおっさんもとい、理事長に呼び出された。
そしてこの一言。
あまりにも突然すぎる内容に、頭の情報処理が追いつかない。
あの、これって夢じゃないデスヨネ……?
◆ ◆ ◆
私の職業は高校教師で、職場は私立の女子校。
担当教科は古典で、教え方がうまいと生徒からの評判はなかなか良い。
好きなことはおしゃべり。
呼び出される10分前、今日も教師友達のあけみとコーヒー片手に中庭でおしゃべりしていた。
「ところでさ、めぐって彼氏いるの?」
「い、いる訳ないでしょ!!」
突然の質問に驚いて、持っていた紙コップがスルッと手からすべり落ちる。
そして大声で答えてしまった。
私の動揺っぷりを見て、あけみはケラケラと笑う。
私自身も動揺しすぎだと思い、羞恥心でみるみる顔が赤くなっていくのが分かった。
仲間がいてよかったと言って、あけみは溜息をついた。
「あたし思ってるの、そろそろやばいかなって」
「どうして?」
「親が彼氏連れて来いだのお見合いしろだの、いろいろとうるさくてさー」
あけみは苦笑しながら話を続ける。
「女子高ってさぁ、女ばっかりで楽しいけど、彼氏が出来ないのが難点よね」
「それは私も思う」
私が勤める高校の教師の大半は女性。
数人の男性はいるけれど、年配だったり既婚者だったり。
それゆえに出会いなんてまったく無い。
「それでさ、あたし妄想してみたんだ、もし男子校に転勤することになったらって……」
「なにそれー。何かのラブコメみたい」
「彼氏作りたい放題よ」
「ちょっと言い方ー!!」
でも、すこし面白そうって思っている私がいる。
女性教師がすこししかいないから恋のライバルがいない。
教師も生徒も男性で出会いがいっぱいだし。
ちょっとだけならいいかなーなんて思ってしまう。
その後『もし男子校に転勤することになったら』という話題でどんどん会話に花が咲く。
男性教師は黒髪スーツがいいとか、私をめぐって喧嘩したらどうしようとか。
でも私は思った。
男子校より女子校の方がいいって。
やっぱり女友達がいないと寂しい。
それに男性がいたらこんな乙女チックな会話できない。
ピンポンパンポーン
会話を遮るかのようにで放送の音が響いた。
『須藤先生至急、理事長室まで来て下さい』
そしてそのままブツッと音が途切れる。
「めぐ、あなた悪いことでもした?」
「何もしてないけど……」
「ふぅん、まぁ行ってきなよ」
「うん。そうする」
また後でとあけみに言って、私は席を立った。
理事長室に足を進めながら、私は呼び出された原因を考えた。
しかしとくにこれといったものは思いつかなかった。
とりあえず、行けばわかるよね。
私は早歩きで目的地まで向かった。
そして冒頭部分へ至る。
◆ ◆ ◆
「聞き取れなかったので、もう1回お願いします」
きっと聞き間違いだと思い、再度聞きなおしてみる。
でも残念なことに、返ってきた答えはさっきと同じだった。
「なんで私なんですか!!」
しかし現実を受け入れきれない私は理事長に詰め寄る。
誰だっていきなり転勤だって言われても、信じられないでしょ!!
「上からの命令なんだよ。私にはどうしようもない」
「そんな……」
上からという言葉を聞いて私は引き下がった。
現実を受け止めるしかないようだ。
大丈夫、私。
向こうにもきっと素敵な先生はいっぱいいる。
友達だってちゃんとできる。
「わかりました。移動します」
すこし不満そうな声色で私は返事した。
「わかってくれてよかったよ」
私の様子を見て理事長先生は満足そうに頷いた。
私を説得できたことにいい気分に浸っているようだ。
くっそ、覚えてなさい!!
いつかその偉そうな雰囲気を醸し出している髭、1本残らず抜いてやるんだから!!
とりあえずいまは転勤の用意をしないと。
荷造りしたり、ほかの先生に挨拶したりなどすることはいっぱいだ。
私は嫌々一礼して、早歩きで出入り口に向かい、ドアノブに手を伸ばした。
あれ、1つ聞き忘れていることが……。
私はくるりと理事長先生の方に向きなおした。