竹本、いや、化け物の口から黒い煙のようなものが爆発のように吐き出され、クロが地面に転げた。
「クロ!」
叫ぶ声も、爆音にさえぎられている。
「蛍、来るな。離れてろ!」
俊敏に体制を立て直すと、クロは言った。
竹本の目が私を捉えた。
「あきらめん、この時を待っていた、あきらめんぞ」
身体をこちらに向け、黒い煙を吐き出す姿勢に入った。
逃げなきゃいけないのに、ガタガタと身体が震えるだけで身動きがとれない。
クロが間に割り込むように立つ。
再びクロの手が青く光ったかと思うと、化け物に向かって一直線にそれを放った。
「やめろぉ!おのれぇぇ!」
光は竹本の身体を包み込むと、さらに激しく光る。
断末魔の叫びを上げる怪物がはじけたように光ると、私の身体ははじき飛ばされた。
すべるようにして地面を転がる。
そして、そこで目の前が真っ暗になった。
第2章
『触れては消える』
「まったく、お前ってやつは誰にでもホイホイついていきやがって」
「・・・ごめんなさい」
「大体、お前は自分の立場を分かってないんだ。未練解消がお前のやるべきたったひとつのことなんだ。それをすっかり忘れて、あんなあやしげな老人についていくなんて」
「・・・ごめんなさい」
もう3日もこんなやり取りを繰り返している。
ここは病院のそばにあるモデルルーム。そこにある寝室で私はあれからずっと寝込んでいる。竹本に吸い取られた精気を回復するのに時間がかかっているのだろう。最初の数日はまったく動けなかった身体も、今日はだいぶいい感じだ。
「ねえ、クロ。竹本さんは妖怪だったの?」
ベッドから起き上がろうとするが、やはり身体は言うことを聞かないようだ。
「だからお前はアホなんだ。妖怪なんて人間の作り出したモンだろーが。あれは人間が言うところの地縛霊っていうやつだ。未練解消に失敗したやつは最終的にああなるんだ」
腕を組んで見下ろしている。
「霊から精気を吸い取って生きているの?」
クロは鼻から息をふき出すと、
「ま、そういうことになるな。何を言われたか知らんが、精神的なダメージを与えて動けなくしたところを吸い取るんだ。見たら分かるだろうが」
と荒っぽく言った。
「良いおばあさんに見えたんだけどな・・・」
クロはそばにある椅子にドスンを腰をおろすと、
「・・・ま、俺がついて行かなかったってのもあるからな。仕方ない、気にするな」
とそっぽを向いて言った。
「おばあちゃんがすでに亡くなっている、っていうのも嘘だったんでしょ?」
「当たり前だ。いちいちあんなヤツの言うこと信用すんな」
「竹本さんはもういないの?」
「さん、をつけるな気持ち悪い。あの場であいつは消してやったからもう現れることはない」
「そう・・・何か悪いことしちゃったな。私が無視していれば消えることもなかったのに」
ため息がこぼれる。
クロは黙って私を見ていたが、
「蛍」
と先ほどまでとはうって変わった静かな声を出した。
そちらを見る。
「お前さ・・・。なんでそんなに周りにばかり気を使うんだ?あの地縛霊はお前から精気を吸い取ろうとしたんだ。あのままだとお前が消えていた。それなのになんでそんなふうに言える?それはやさしさなのか?」
クロと視線を合わせる。
「分からない。でも、少なくとも親切な人に見えたの。裏切って苦しませるより、裏切られて苦しみたいって思うの」
また厳しい言葉が来るかと身構えたが、クロは、
「そうか」
と小さな声でつぶやいただけだった。
「クロ、いつになったら病院にまた行けるの?」
「うーん」と、クロは考え込む。
「ま、この調子じゃあと3日は無理だろうな。不安定な状態じゃ、また変なヤツに襲われた時に逃げれないしな」
「そっか・・・。ごめんね、時間がないのに」
「俺には関係ない。間に合わなくて困るのはお前だ。さっさと寝てろ」
そう言うと、クロは寝室から出て行った。
霊になると不思議とおなかもすかないし、喉もかわかない。それでも眠気だけはやってくるらしい。
眠るたびに微妙に回復しているような気分になる。
「なんか、自己嫌悪・・・」
そうつぶやきながら私は目を閉じた。
ピッ ピッ ピッ ピッ
規則正しい高い音が耳に届く。
どこかで聞いたことのあるような音。
___目覚まし時計かな
夢見心地のまま、布団を頭からかぶる。
ピッ ピッ ピッ ピッ
音は電子音のようだ。まるで耳のすぐそばで聞こえているような音。
ゆっくりと目を開いてみると、布団から顔を出して周りをうかがった。
「あれ・・・?」
音はもう聞こえなかった。
確かに聞こえたのに、と不思議に思っているとドアが開いた。
「おう、ようやく起きたか」
あいかわらず黒いスーツのクロが笑っている。
「おはよう、クロ。なんか夢・・・見た」
「興味ない」
笑顔のままクロがベッドのそばに腰掛ける。
「だと思った」
「もう起きられるのか?」
ゆっくり身体を起こしてベッドの上に座ってみる。
「うん、もうフラフラしない。大丈夫じゃないかな」
「本当に?」
「うん」
さらに立ち上がって元気さをアピールして見せた。
「それだけできりゃたいしたもんだ。よし、もう少ししたら出発するか」
その言葉に大きくうなずいて同意を示した。
「あ、クロ。さっきさ、目覚まし時計みたいな音してなかった?」
思い出してそう尋ねた。
「へ?」クロは眉をひそめると、
「知らん」
と首を振った。