いつか、眠りにつく日

「お姉ちゃん、ワスレンジャーの作戦は大成功だよね?」

 私は何も言えない。

 黙って大きくうなずいた。

「お姉ちゃんの言うとおり、僕も光ったね」

「うん、見たよ。光ってたね」

「蛍さん」
カクガリが立ち上がった。
「色々ありがとう。これで僕も務めが果たせました。人間の手をかりるとは思ってなかったけれど、おかがで助かりました」

「カクガリ、こちらこそありがとう。私も歩き出せそう。それは、カクガリと涼太君のおかげだよ」

 そう、歩き出せそうな気がした。

 

 急にあたりに白い煙がたちこめてきた。

 はじめてクロが私の前に現れた時と同じ煙だ。

「行くんだね」
私がそう言うと、カクガリがうなずいた。

「お姉ちゃん、またね」
手を振る涼太の姿は、だんだん煙に包まれて見えなくなる。

「涼太君、またね」

 やがて煙はあたりを白い世界に変え、完全にふたりの姿は見えなくなった。


「またね」

 もう一度、私はそうつぶやいた。


 煙はすぐに消えてゆくと、そこにはもう誰の姿もなかった。








「行っちゃったね」
ふいに口から言葉がこぼれて、クロはいないことに改めて気づいた。

 すぐ後ろにでもいつものようにいそうに思ったけれど、夜だというのにセミの泣き声が遠くで響いているだけだった。





第4章
『蛍の光』








 けだるい眠気の中、朝がまた来たことを窓から見える空から知る。

 あれから数日が過ぎ、未練解消の残り時間もあと3日となっていた。何度か学校に行っては、蓮の姿を見ている日々。涼太のように、前に進まなくてはという気持ちはあるのだが、いざその場になると逃げ帰ってきていた。

 そんな自分が嫌いだし、そして、それこそが自分だと思う複雑な感情。

___いつもそうだった

 テストのときも、気持ちはあるのだが勉強をなんとなくやっては納得していたし、進学についてもリアルじゃなくて、周りからせかされても片意地ばかりはっていた。

 ベッドからなんとか身体を引き離して、窓から外を見てみる。


「あと3日・・・」

 あれからクロは帰ってきていない。

 残り時間が少ないのに、と文句も言いたかったが『ひとりでできる』と宣言したのはまぎれもない私だ。

 涼太からせっかく前に進む勇気をもらえたのに、日がたつごとにそれも弱くなってきている。

 恋愛にしても涼太にしても、他人のことなら一生懸命になれるのに、自分のこととなるとてんでダメダメ人間になってしまう。

「今日も憎らしいくらい快晴」

 雨ならば蓮も練習をしないだろうから行かない理由になるのに。


 その時だった。玄関の方から何やら人の歩く音が聞こえたのだ。

 ドアを開け閉めする音。

「クロ!」
そう叫んで私は走り出した。



 やっぱり戻ってきてくれたんだ!

 階段の踊り場まで来ると、もう一度、
「クロ~」
と言ながら階段を駆け降りる。

___よかった

 そう思ってリビングへ続く廊下に出た私の笑顔は、すぐに凍りついた。

 そこにいるのは、スーツを着た中年と若い夫婦だった。スーツの男が汗をハンカチで拭きながら若夫婦に話しかけている。

「どうですか、この日差し!このようにバッチリ朝日を浴びれて最高の物件ですよ」
抑揚をつけオーバージェスチャーで説明をしている。笑顔は営業マン特有の作り笑い。

「・・・なんだ」

 モデルルームを見に来たのか・・・。



 若夫婦は幸せいっぱいに寄り添ってニコニコと説明を受けている。

 その笑顔は、生きている証。

 もう2度と私にはできない。

「ねぇ、本当にその男でいいの?」
なんだか悔しい気持ちになって、聞こえないことをいいことに女の方に話しかけてみる。

「ここ良さそうじゃない?」
当然聞こえてない女は、しがみつくような姿勢のまま男の方を見て笑った。

「いいね、ここ」

「そうでしょうそうでしょう」
営業マンの笑顔は生理的に苦手な部類の顔だ。今にも手もみしそうなほど相好を崩している。




 女の方にまた聞く。
「今はラブラブでもさ、数年すれば飽きられて他に女つくっちゃうかもよ~。この家買ったって、新しい女に乗っ取られたりして」

「わぁ、キッチン広い~」
女が男の腕をすり抜けて、キッチンに駆け足で向かう。

「走り方がいかにも『私かわいいでしょ』っぽくてキモいよ。すぐに老化するんだから、やめた方がいいよ」

「こういう家が理想だったの~。ほら、お庭も!」

「お庭って言い方サムいんですけど~」

「ねぇ、マー君も見て見て」
窓ガラスに両手をつけて男の方に言う。

 むなしさがこみ上げる。

 なんて、幸せそう・・・。