雨はどんどん強くなり、すごい音をたててアスファルトを叩きつけだした。
さすがに私も雨をすり抜けさせて歩くことにした。すり抜けた雨が足元で跳ねて踊っている。
ようやく雨の向こうにバス停が見えてくる。
そこには先客がいるようだった。5歳くらいの男の子と、スーツを着た父親が雨の向こうに見えた。
さっきから男の子は雨音にも負けないくらいの声で泣き叫んでいる。
金切り声で、父親の手から逃げようと暴れているようだった。
「なんだ、あれ。うるさいな」
クロがしかめっつらをする。
「どうしたんだろうね」
男の子は声の限りを使って叫び続けているようだった。
「おい、落ち着けよ」
父親らしき男がオロオロと言っているが聞く耳をもたない。
その時だった。
父親の手からついに逃れた男の子がこちらに向かって走ってきたのだ。
あっという間に全身がずぶ濡れになるのもかまわず、一心不乱に駆けてきたかと思うと私たちの少し手前で派手にすっころんだ。
水しぶきがこちらまではねてきた。
「おい、落ち着けって」
男が追いかけてきて男の子を立たせた。
男の子がハッとした顔をしてこちらを見る。
___え?
一瞬目が合ったような気がして私は歩みを止めた。
すると男の子は、
「助けて!お姉ちゃん!」
と、私の腰に抱きついてきたのだ。
その場にいた男の子以外が目を丸くして互いの顔を見合わせた。
「なんだ、案内人かよ」
真っ先に口を開いたのはクロだった。
「え!?もしかしてあなたも!?」
父親だと思い込んでいた男がそう言い、心底ほっとしたような顔になった。
「じゃあ、この子も・・・?」
私は自分のおなかのあたりに顔をうずめている男の子を見て男に尋ねた。
男はうなずくと、
「そうなんです。彼も死んでいるんですがなかなか言うことを聞いてくれなくって。お願いします!どうか助けてください」
と手を合わせたのだった。
ふたりから助けを求められた私とクロは、とりあえず本拠地であるモデルルームに彼らを招くことにした。
男の子は精神が不安定らしく、寒さで震えっぱなしだった。
モデルルームなのでエアコンはつかず、私たちはベッドルームに男の子を連れて行った。すると、彼は一目散にベッドのかけ布団の中へともぐりこんでしまった。
「出ておいで」
と声をかけても、まるで拾われていた子猫のように警戒して隠れているようだった。
「ほっとけ」
クロが呆れたように言う。
「名前は?」
私が男に尋ねる。
「あの子の名前は村松涼太といいます」
「お前の担当なのか?」
クロがあぐらをかいてベッドの下に座る。
「そうなんですよぉ、でもおふたりのおかげで助かりました」
案内人はクロの前に正座して頭をさげた。
「お前、新人だろ?」
「はい・・・」
恥ずかしそうに男は頭をかいてうなずいた。
「新人が子供の案内なんて、ツイてないな」
「そうなんすよ。まず死んだってことを理解してくれなくってですねぇ。もう未練解消どころの話じゃないですよ」
と、うらめしそうな顔でベッドを見る。
短く刈り上げた黒髪に黒い瞳。クロと同じように彼も人間の姿に合わせているのだろう。
___カクガリ
ひそかに心の中で男をそう呼ぶことに私は決めた。
「先輩、あれなら僕と担当替わってもらえませんか?この子なら素直そうだし担当できそうですし」
チラッと私を横目で見てくる。
「調子にのるなよ。俺は同時に数人の担当を持ってるんだぞ。ひとりで手一杯のお前にできるわけないだろうが」
バッサリと切り捨てる。
「うそ、クロって私の他にも同時に担当を持っているの?」
カクガリが『クロ』という名前に吹き出すのをにらみつけながら、
「俺クラスになると、同時に何人も担当するんだ。言ってなかったか?」
と当然のように言った。
___へぇ・・・
クロはいつでもそばにいるような気がしていたけれど、他の人にも会っていたってことか。
なんだか不思議な気がした。私が寝てたりダウンしているときにでも会っているのかもしれない。
「とにかく先輩、僕ひとりじゃとても無理です。お願いします、どうか手伝ってください」
カクガリが頭をさらに下げて懇願する。
「無理無理。こっちはあと7日しかないんだ。手助けしている余裕なんてない」
にべもなく却下する。
「えーっ、そんなこと言わないでくださいよぉ」
泣きそうな顔をしてカクガリは両手をすり合わせて、神様よろしくお祈りをしてみせた。
「ねぇ、カクガリ」
「カク・・・、え?」
___しまった、つい呼んでしまった!
今度はクロがプッと吹き出した。
「いや、あの・・・、まぁいいじゃん。あんたカクガリね。でさ、涼太君の未練の相手の名前は分からないの?」
「はぁ・・・。名前が分かれば苦労しませんよ」
カクガリという名前が不満なのか、口をとがらせてすねている。
「俺クラスになると分かっちゃうんだけどな」
クロが聞いてもいないのに自慢している。
ベッドに目をやると、こんもりと膨らんだ掛け布団から良太の顔がのぞいていた。
目が合うと、すぐに中にひっこんでしまう。
「名前も分からないんじゃ、新人にはたしかにキツいな」
クロが口をへの字に結んだ。
「どうか助けてください。涼太をなんとかこの地から解き放ってやりたいんです」
カクガリの言葉にハッとした。
そうだ、未練を解消させてあげないと涼太は地縛霊になってしまうんだった・・・。
布団から涼太がまた顔を出し、不安そうな顔で様子をうかがっている。
「ねぇ、涼太君」
私はあえて元気な口調で、そちらは見ずに声をかけた。
「私はねぇ、蛍っていうの。夏にいる虫の蛍って知ってるかな。あの蛍とおんなじだよ。涼太君さ、お姉ちゃんと一緒に遊ばない?」
「お前はまた余計な・・・」
クロがそうつぶやいたが、幸いそれ以上言わなかった。
反対はしないらしい。
「お姉ちゃんね、涼太君がしたいことぜ~んぶ一緒にやったげる。だから、涼太君出ておいでよ」
涼太は、目を丸くして考えているようだったが、やがて口を開いた。
「僕、知ってる」
そう言うと、掛け布団から出てベッドの端にちょこんと座りなおした。
「蛍、知ってるよ。去年おかあちゃんと見たもん」
「そう、キレイだったでしょう?お姉ちゃんも実はたまに光るんだよ。蛍の光ってやつ」
「そんなのウソだい」
そう言いながらも、期待をこめた目をしている。
「ほんとほんと。それにさ、内緒だけど・・・涼太君も光ることができるんだよ?」
言われた意味を理解しようと、涼太はベッドからおろした足をぶらんぶらんさせていたが、
「・・・それ本当?」
と上目づかいで聞いた。
「もちろん。だからこのクロと、カクガリの4人で冒険しない?4人が力を合わせたらさ、きっときれいに涼太君も光るよ」