いつか、眠りにつく日

 どれくらい泣いたのだろう。

 どちらからともなく身体を離すと、なぜか私たちは笑いあった。

「不思議」
栞が制服の肩袖で涙をぬぐうと笑顔で言った。

「何が?」
私もそれにならってぬぐいながら笑う。

「何がケンカの原因かも忘れかけてる」

「ふふ、そうだね。なんでケンカしたんだろう」

「うーん。たぶん、どうでもいいつまらないことだよ」

 栞は笑顔がよく似合う。

___ああ

 栞の身体から発する光は徐々に弱くなってきていた。さりげなく自分の両手を確認すると、やはり未練は消化されかけているようだった。

「栞、もうすぐ私の姿は見えなくなるの」

 

 


 やばい。涙がまたこみ上げてきそうで、私はことさら何でもないような口調で言った。

「・・・やだよ」

「私もやだ。でもさ、なんか決まりみたいでさ。これで栞とも仲直りできたし、もう行かなくちゃならないみたい」

「だったら仲直りしない」

「栞・・・」

「仲直りしなければ、ずっと一緒にいられるんでしょう?それなら、また一緒に学校行ったり男子の話とか、そういうの・・・もっと・・・」

 泣き顔を見たくなくて、私は栞を抱きしめた。
「泣かないで。お願い・・・栞の笑った顔が好き。笑顔を見ながら消えたい」

「むり・・・だよぅ」
必死でしがみついてくる栞は、まるで妹のよう。

「お願い、笑って。最後に見る顔が笑顔なら前に進めるから」



 抱きしめる感覚がだんだんと薄れてゆく。

 同じように感じたのだろう、栞がハッと息を呑むのが分かった。

 ゆっくりと栞が身体を離して私を見る。

「ずっと・・・友達だから、ね」

「もちろん」
そう言って私が笑うと、唇を震わせながら栞も笑って首をかしげた。

 お互いの身体を包んでいた光がすいこまれるように消えてゆき、暗闇が訪れた。




 公園の小さな明かりだけが、声を押し殺して泣く栞を照らしていた。




 






第3章
『きっと、泣くでしょう』









 夏休みのファーストフード店は混んでいた。

 私服をまとった学生たちが、若さをアピールするかのようにはしゃいでいる。

 何がおかしいのか甲高い声で笑い声をあげつづける姿を、私はカウンターに腰掛けて見ていた。手にはジュースの入った紙コップを持っている。もちろん飲むことはできないし、周りからは何も見えていないのだろう。

 たくさんの友達とつるむことはあまりなかった私だが、今になって正直うらやましく思う。変に大人ぶって、周りのノリについていかなかったことが悔やまれた。

 人生には後悔が多く、それは失くさないと気づかないことを身にしみて感じている。



 栞との未練解消からすでに4日が経っていた。

 
「あと7日か・・・」

 もちろん、次の未練解消にとりかからなくてはならないのは分かっている。クロもせっついてくるし、最後のひとつさえ終わればすべて解決できるのだから。

___大高蓮

 彼を想うたびに、胸が苦しかった。

 グラウンドで走る彼を思い出すたび、なぜだか泣きたくなった。

 それは、まぎれもなく自分の未練を知っているからだ。

「告白なんてできるわけない」
つぶやいてみては、それをくつがえす理由を探してみる。そのたびに、打ちのめされている毎日だった。

 今ごろクロは、私を必死になって探しているのだろうか?



 

 ピッ ピッ ピッ ピッ

 電子音が耳をとらえた。

 厨房のフライヤーのタイマーかと思ったが、その音は頭の中で鳴り響いているみたいに近い。

 キョロキョロあたりを見回すが、やがてその音は学生の爆笑に消えて聞こえなくなっていた。

「何やってんだ、こんなところで」

 いつの間にか、クロがそばに立っていた。

 驚きはしない。

 いつだって、彼はそばにいたから。

「別に。ただヒマだったから」

「は?ヒマ?何言ってんだ、お前」
小バカにしたような口調に私はクロを見た。

 言いたいことはあるのに、私は何にも言えずにいた。

 ヒマじゃないのは分かっているから。

 そうじゃないと、クロが帰れないのも知っているから。

 私が大人しいのに気づいたのか、クロは「ったく」とつぶやくと、私のとなりに腰掛けた。

「ここはうるさいとこだな」

「学生はお金ないからね。こういう所に来るんじゃない?」

クロが不思議そうに尋ねる。
「お前の思い出の場所なのか?」

 ゆっくり首を横に振る。
「全然。ただ、こういうのもチャレンジしてみるべきだった、っていう未練」

「そうか」
とだけクロは言い「それは未練のリストにはない。さ、出るぞ」と私の背中を軽くはたいた。





 外に出るとクロが学校の方に向かって歩き出そうとする。

 今日も彼はグラウンドにいるのだろう。


「・・・行かないのか?」

 地面に縛られたように動けずにいる私に言う。

 気づけばアスファルトを見つめていた。

 分かっている、分かっている。

 大高蓮に会うことが、何よりも必要なのだ、と。

「怖いのか?」

___怖い?

「そうかもしれない。なんか、心の準備ができなくって」

 なぜか正直な言葉がこぼれた。

 会えば、彼が余計に恋しくなる。


 そして、私はきっと泣くでしょう。