音楽室に着くと、愁は真っ先にピアノの鍵盤に手を乗せた。


オレンジ色に染まる夕暮れを背景にピアノの前に座る愁は、いつものダルそうな雰囲気はなかった。


ピアノから、愁が両手でかもしだす曲は、私がよく知る曲だった


私のデビュー曲。そして恭が一番好きだと言ってくれた、かけがえのないあの曲。


気付いたら、歌っていた。


「泣くな」


「え…?」


「泣くなよ」


愁は、私に近づいて、私の頬に触れた。


そう言われて、やっと自分の頬が涙で濡れていたことに気づいた。


止めなきゃって思えば思うほど、涙は止まってくれなくて、愁を余計に困らせてしまった。


「っ、ご、めんね。すぐ、っ止めるから。っ」


涙ながらにそう言うと、愁は私の目線に合わせるように腰をかがめて、


「無理して、止めることなんてねぇから」


と、ポンポンと私の頭を撫でてくれた。