言われたあかねは、渋々要の手に筆を渡した。
心配そうに一言告げる。

「大丈夫? 何するか知らないけど、落ちないでよ?」

「うん。ありがとう」

素直にお礼を言った要に、あかねは「あら、めずらしい」と少しだけ驚いた。

「別にめずらしくないじゃんよ~」

ぶつくさと呟きながら、要は3階の窓に手を伸ばした。
しかし、あと3cm、今一歩のところで届かない。

「仕方ない……」

残念そうに呟いて、要は部屋に戻った。
床に足をつけた瞬間、ほっとした表情を見せたが、それよりもほっとしていたのは本人よりも、残されていた3人だった。

「も~!心配したじゃない! 何してたの?」

例の如くあかねがお母さんのように要に問いただし、お父さんのように秋葉が「そうだぜ?」とどっしりと構えていた腕や足を緩めた。

「うん、結局あたしじゃ届かなかったから、3階行きましょ」

また例の如く、曖昧にぼやかした要に「もう!」とあかねと秋葉はため息をついてくるりと方向をかえて、階段に向かった。

後からついていこうとする要の背中が、突如誰かに押されたように前に飛び出し、要は前のめりに転びそうになった。
うまく手で転倒を防いで振り向くと、由希が片足を微妙に上げて立っていた。
どうやら由希に蹴られたようだ。

「あんま勝手に危ない事しないでよね。あんたがケガしたら、美奈が悲しむでしょ!」

そう静かに怒りを滲ませるように言って、由希は歩き出した。
そんな由希を呆然と要は見送って、呆然とした表情のまま呟いた。

「いやぁ……あたしって幸せ者だね」

言ってからニシシと嬉しそうに笑う。
そしてダッシュして由希に追いつき腕を取った。
「由希は?」
「は?」
怪訝に聞き返した由希に、要はにやりと笑って言った。

「由希は悲しんでくれるのかなぁ?」

「……知らねぇよ」

そう呟くように由希が言って、悪態をつくと要はにやりと笑った。

「あっ! 照れた~! 由希って照れると口悪くなるよね~! あははは! て・れ・た♪」

要がそうちゃかしながら由希のほっぺたを突っつくと、由希は眉間にシワを寄せて要の背中を バン! と強く叩いた。

「痛っ!」

小さく要が悲鳴を上げると、由希は「ふんっ!」と鼻をならして歩く速度を速めた。

「も~う、照れ屋さん♪」

嬉しそうに要は言って、由希の後を追った。