そうして入手した指紋だったが、想一郎にそんな事を言えるはずがない。
言ったら違法だなんだと言われ、許可なく採取した指紋は法的能力がないなどと、つっかえされるに決まっている。

「どーでもいいじゃん」

要がそう無表情で答えると、想一郎は顔を顰めた。

「どうでも良いことないだろ」

「どうでも良いわよ。別に、裁判で使うわけでも、証拠として警察に渡すわけでもないんだから」

「じゃあ、何のためだよ? お前、何がしたいんだ」

想一郎は憤慨したようすで要に問う。
要は、そのまま顔を崩さずに無表情で、淡々と言った。

「じゃあ良いわよ別に、指紋はあたしが調べるから。でも、血液だけは調べてよ」

そう言って、想一郎が持っていたハンカチを取り、その中から凝固した血液のカケラだけをティッシュで摘んで取り出した。

そしてそれを想一郎の目の前に差し出す。

そのティッシュを見つめながら、受け取ろうとしない想一郎に要は静かに問いかけた。

「あにはさ、事件解決したくないの? これ、その証拠品かもしれないんだよ?」

その問いに、想一郎は冷静に返した。

「だったら、現物渡せ」

「それは無理」

即答した要に、想一郎は怒りをあらわにした。

「何が無理だ、お前のやってることは捜査妨害だぞ! りっぱな犯罪だ!」

その言葉に、要の顔は破顔した。

「ふふ」と静かに笑い出す。

「――おい」

戸惑いを隠せない想一郎に向かって、要はまた笑顔を向けたが、その瞳の奥は笑ってなどいなかった。隠し切れない怒りが滲み出ている気がした。

「あに、これさ、ああ、この血が付着してた本体ね。を、さ、見つけられなかったのって、警察だよね?」

「え?」

突然の問いに二の句が告げない想一郎に、要は続けた。

「その本体ってね、黄色いテープが貼ってある中にあったの。それって確実に警察がその中は捜してるはずだよね? なのにその中の、植え込みの茂みの中にあったんだよ。あたしの言いたい事、わかる? わかるよね?」

静かに、冷静に、詰問するように語る要に、想一郎は思わず俯く。

「それは、確かにそうかも知れない、けど……」

「けど? けど、何? あにも現場に行ったんだよね? 日吉先輩の殺害現場に」

「いや……それは、そうだが、それは鑑識の仕事だし――」

「言い訳しない!」

言いかけた想一郎の言葉を遮って、要は想一郎を叱り付けた。いつの間にか、立場が逆転している……。

「はい! すいませんっ」

思わず想一郎は反射的に謝った。完全に要のペースになってしまっている。こうなっては、要に逆らう事は容易ではない。そんな想一郎を優しく要は見つめてにこりと笑う。

「じゃあ、これ、よろしくね」

指紋と一緒に差し出された、いつの間にかハンカチに戻されている血液を見て、想一郎は深々とため息をついた。

「はい……」

そんな想一郎を見て、要は満足そうに満面の笑みを浮かべる。嬉しそうに微笑みながら、ソファーに置いた鞄に手をかけた。そして何かに気づいたような声を出し、軽く付け足した。

「あっ、警部とかにばれないようにしなね」

ごきげんな要を見て、想一郎は悔しいやら、ムカつくやら、哀しいやら、ごちゃ混ぜな感情のまま吐き出した。

「――わかりましたっ!!」