私には、昔の記憶がない。記憶障害だった。
気付いたときには、ひとりのババ様と一緒に住んでいた。
けど、そのババ様は私の家族ではないという。
それ以上、何も教えられなかった。
だけど、そのババ様はつい先日、
死んだ。
労咳という肺の病で亡くなったのだ。
そんな私に残ったものといえば、ある程度のお金と、刀。
刀は、私の記憶の限り、最初から私の側にあった。
柄の先に紅色の紐で鈴がひとつ垂れている。
だが、どういうわけか、この鈴は鳴らない。
ババ様は、この刀は私のものだといった。
だから私は、いつも身につけている。
ババ様のいない家は、無駄に広く感じた。
私はこの機会に、家を出た。
“私自身”を知りに。
旅に出れば、少しは私に繋がりのあるものを見つけ出せると思った。