「何もなくてって?」
私の問い掛けにキョトンとして、その後、人が変わったかのように腕を組んで体を仰け反らせて大きく息を吐いた。
「だって、そのナンパ男について行ったんでしょ?」
「う、うん……」
颯平っていう彼氏の存在を知る優美なだけに、何となく気まずくなって言葉を濁す。
彼氏がいるのにあんな男についていくとか、やっぱりいけないことだし。
そう心の中で思っていても口には出せない。
自分がいい子ちゃんでいたいから、自らの非から目を逸らしたくなるのかな。
「一歩間違えていたら、やられてたかもよ?」
こんな優美は初めてだった。
いつもより一オクターブ低い声に、肩が震えて一瞬で体が強ばる。
だけど、そう言われても仕方がない。
そんなことを私はしたんだ……。
今更自分の行動を悔やんでも過去は戻ってこないし、一度したことを取り消すことはできない。
だけど、できることなら抹消したい出来事。
優美は視線を逸らして携帯を取り出し、両手で素早く何かを打ち始めた。
すぐにパタンッと音を鳴らして携帯を閉じ、テーブルの上に置いて私の顔色を伺いだす。
「優美?」
絞りだしたか細い声は、今の私の精一杯の声だった。