「だっせーよな」

「……えっ?」



微かに聞こえた声に反応する。

すると、手を緩めて私の体を解放した颯平は、立ち上がり私の後ろの窓際へと向かった。

振り返りもしないで窓の枠部分に手をついて、



「やれば紗夜香は俺のもんだって思えるかなとか、そんな浅はかなこと思ったりしてさ……」



私は両手で思いっきり涙を拭って、少しクリアになった視界から颯平の後ろ姿を見つめた。



「そんなことしたって、心まで手に入るわけないのにな……」



窓枠を握り締めている手の甲に、浮かび上がる血管。

外の光が差し込むガラスに、うっすらと浮かぶ表情。



「行けよ」

「颯……平……」



低く呟かれた言葉に、頭が真っ白になる。



「行かないなら、ここで無理矢理にでも抱くから!! だから……っ!!」



部屋の中を反響する、悲痛な叫び声。

肩を落として頭を下げて、揺れる前髪に微かに光る一雫。



「行けって!!」



私はただ、無我夢中で部屋を出ていた。

階段を掛け降りて家を出て、少し走って颯平の家が見えなくなって、足は止まる。


颯平……。

ずっと抱き締めていたのも、後ろ姿しか見せなかったのも……、私に泣き顔を見せないように?

簡単に別れを受け入れたのも……、私の為?


苦しくて切なくて。

道端で声を押し殺して泣いた。

アスファルトの上に零れ落ちる大粒の涙。


颯平のこと何も分かっていなかったけど、これだけは偽りのない気持ちだと気付く。


私はつらい時でも気を遣える颯平のこと……。

本当に、大好きだった。