「いるんだよね……優美……」
もう一度、押してみた。
声も指も震えた。
虚しく響くチャイムの音。
押したまま動かせない指。
顔を上げて優美の部屋を視界に捉える。
風が悪戯に髪をなびかせる。
視界が悪くなった先に見えたのは、カーテンに映る一つの影。
「あらっ、紗夜香ちゃん。こんばんは」
「あっ、こんばんは」
「優美家にいるでしょ? 呼んでくるわね」
「あ……いえ、すみません!!」
私は慌ててその場を立ち去った。
息が切れるぐらい全力で駆け抜けて、気付いた時には団地近くまで戻ってきていた。
いくじなし。
謝りたかったのに。
仲直りしたかったのに。
優美のお母さんに偶然遭遇して声をかけられて、また逃げ出してしまった。
何だか後ろめたかったから。
それに……。
優美が……、ペットのクリームを抱いた優美が……。
私に気付きながらも、家から出てこなかったから。
もう、私と顔も合わせたくないのかと思うと、胸が張り裂けそうなほど苦しくなって。
これ以上傷つく前に逃げ出した。