「そっ、そうだね……って先生、笑わないでよ」



ダメ。

熱くなっていく顔を自分で抑えきれなくて、どうしようもなくて。

ハル君の口から出た言葉に、再びこの状況を意識せずにはいられなくなった。


オレンジジュースに手を伸ばして、ストローで無駄にグルグルかき回す。

そんな音がやけに響いて聞こえ、緊張が増していくのが分かる。


ドキドキ、ドキドキ、と。

秒針が刻む時より早く刻まれてゆく。



「紗夜香」

「せ、ん……せい?」



不意に呼ばれた甘い囁きにも似た声に体が硬直する。

ドキドキ、ドキドキ。

静まらない。

胸の高まりは一層増して息をするのさえ苦しくて、鋭い視線に目が逸らせなくなる。


ハル君の思考が読めない。

だけど、それ以上に私は期待してしまっている。

この声とこの雰囲気とこの状況。


微かに近づくハル君に、もしかして、と。


キス……したい、と。



「電話」

「……え?」



笑顔を浮かべて小首を傾げるハル君。



「鳴ってるよ」

「え、あっ、本当だ」



急に緊張の糸が切れて力が抜け、微かに聞こえるバイブの音を頼りに、バッグの中に入れていた携帯を取り出した。