「時間ある?」
「……えっ!?」
柔らかな物腰で彼が発した言葉は、私が予想もしていなかった言葉だった。
「ついてきて」
私の返事なんかお構いなしに、その彼は再び歩き始める。
そんなこと言われたって、突然のことに頭がついていかない。
それに“男にホイホイついてって”って、さっき彼が言ったわけだし。
それなのに“ついてきて”?
彼の言動が理解できずに困惑し、どうしたらいいのか分からずにいた。
そんな私に気付いたのか、彼はすぐ様振り返った。
その反動でなびく髪と凛とした表情。
相変わらず両ポケットに手を突っ込んだままの彼は、どこか怖いイメージが漂っているんだけど……。
妙に様になっていて、少しだけ目を奪われてしまった。
そんな彼がフッと顔を緩ませて笑顔を向けると、私もようやく自然と力が入っていた体から解放される。
だけど、安堵したのも束の間。
「いいからついてこい」
今度は命令口調。
そのまま逃げ出すことだってできたのかもしれない。
だけどこの時の私は、なぜか彼の言葉に逆らうことができなかったんだ。