聞こえてきた小さなため息。

苦笑しながらそっと手を退けて、腕組みして唸るハル君。



「うーん、あの時は多少私情挟んでいたしな。紗夜香には悪いことしたし。
確かに今さら敬語使うってのも変な話か……」



私情を挟んでた?

あの時、私情を挟むようなことがあったのかな?



「まぁ、いっか。じゃあ、せめて“先生”って呼んで」

「先生?」

「そう。生徒にはそう呼ばせているんだ、公私を区別するために。親御さんの手前もあるし、その方がいいんだけど、いい?」



先生。

ハル君が先生。



「せ、ん……せい……って、何か言うの恥ずかしいし!!」



口に出して見たら、やっぱり今までずっと“ハル君”って呼んでいたから変な感じでくすぐったい。



「来週までにはちゃんと言えるように頑張って」

「うん」



ちょっとこっ恥ずかしいけれど、敬語使うよりは“先生”って呼ぶほうがいいかなって思って、ハル君……先生と約束した。


何でこんなにも敬語を使いたくなかったのか、その理由は自分でも分からない。

分からないけど、ハル君と一緒にいると分からないことが多くて、だからこそ気になるのかもしれない。

今まで経験したことのない気持ちだとか、理解できない言葉とか。


気になる……。

それがすべての始まりだったなんて、この時の私は気付きもしなかった。