「実はね。リンが、珀伶皇子に捕まっていたの」


「なんだと」


つい声が大きくなってしまい、華京は口もとを押さえてちらりと辺りをうかがい、誰もかけつけてこないのを確認すると鏡に向き直った。


鏡の中で、変わらずハルがこちらを見ている。


「大丈夫。珀伶皇子はあたしたちの味方だったから」


ハルはにっこり笑ったが、反対に華京は下げていた眉を吊り上げて、声を鋭くした。


「そんな確証どこにあるというのだ。簡単に信用するんじゃない。香蘭の身内とはいえ、安心できぬぞ」


「大丈夫よ。珀伶皇子にトオルが憑いた。トオルはあたしを裏切ったりしないもん」


「だが…。いいか、油断するなよ」


まだ納得いかないというような表情を浮かべているが、これ以上言ってもハルは聞く耳持たないと思ったのだろう。

華京はハルに念を押した。


「わかってるって」


ハルは目配せをして、それからまた真面目な顔で華京を真っ直ぐに見た。


「これからあたしたちは香国に向かうことになると思う。秋蛍は、なんとしてもカオルを見つける気でいると思うから」


「そうか、香に。あの地へ向かうのか」


「だから、華京に力を貸して欲しいの。香は少し怖いからね」


華京は少し考えてから、ゆっくりと頷いた。


「わかった。いずれにせよ香とはけりをつけねばなるまい」


「よろしくね。華京も気をつけて。香の兵が、宮の周りをうろうろしているらしいから」


そう言い残して、華京が声をかける間もなくハルは鏡の中から消えた。



もう鏡には、いつもどおり華京の顔が映っているだけだ。




鏡から顔をあげ、窓の外を見た。白い月が輝いている。





もうすぐ夜明けだ。華京は意を決して、侍女を呼んだ。