誰かの、少しひんやりとした手のひらを額に感じて、香蘭はゆっくりと目を開けた。
霞む視界に映る人物は、安心したように体を揺らし、息をついた。
「香蘭……」
お兄様。
鮮明になってきた視界に眉を下げる珀伶の姿を認め、香蘭はうっすらと目に涙を浮かべた。
「お兄様、どうして?」
尋ねる香蘭の顔を覗き込み、珀伶は表情を曇らせた。
夜はとっくに訪れているようで、部屋の中は薄暗く、行燈の光だけが優しく闇を払っていた。
「許してくれ。お前を苦しめたいわけじゃないんだ。でも、今はこうするしかなくて…」
珀伶は香蘭の手を取り、自分の額に押し当てると辛そうにきつく目を閉じた。
香蘭は黙ってその様子を見ていた。
やっとわかったのだ。
珀伶が香蘭に冷たくしていたのは、香蘭に敵意を抱いたからでも、裏切りに腹を立てたからでもなかったのだと。
彼は皇子で、守らなくてはならないものが多い。
私情のためにそれを覆すことは許されなかったのだろう。
香蘭の自分勝手な思い違いかもしれないが、目の前で苦しむ兄の姿に、少なくとも今は、香蘭に対する嫌悪はみられなかった。