「お前らいつまでサボってるつもりだ?」
顧問の一声に部員たちがビビる。
蜘蛛の子を散らしたように練習を始めるみんな(笑)
「高橋はこっちに来い」
顧問に呼ばれ、雅也くんが立ち上がる。
しばらくは部活も出来ないだろうからなぁ。
顧問と雅也くんの様子をぼんやり見ていると・・・
「あの・・・」
突然、声を掛けられた。
声の主の方を見やると、制服姿の女子。
この子。
今朝、雅也くんと一緒に登校して来た子だ。
「高橋君はまだ帰れないんですか?」
「今、顧問と話してます。何か御用ですか?」
「用って云うか…一緒に帰る約束をしたので」
ほんのり頬を染めて話す彼女。
よく意味が分かんないんですが・・・?
「私の所為なんです。
うちの車が高橋君とぶつからなければ、あんなケガなんてしなかったのに・・・。
きちんと治るまでは、高橋君の家まで送り迎えさせてもらう事にしました。
私の所為ですから」
なんか申し訳なさそうに話す割には、どこか自信たっぷりなのは何故?
「そうですか・・・」
「バレー部のみなさんにも迷惑を掛けてしまって申し訳ないんですけど、今は高橋君のケガが治る事が一番だと思いますので。
病院にも一緒に行く事になってるんです。うちの所為ですから」
「そうですか・・・」
さっきから「そうですか」しか言ってないな、私。
「ですから、心配ご無用です。
今の病院で納得のいく結果が出なければ、別の病院もあたりますし。
幸い、左腕のヒビだけですけど骨折に代わりはありませんし、我が家で責任を持って必ず完治させますから」
スゴイ・・・全てに於いて断言だ。
「それなら、雅也くんも安心ですね」
「当然です。 だからアナタは気にしないで」
えっ!?
これって何?
私に心配するな、って事??
顧問と話し終えた雅也くんが戻って来る。
「あ・・・来てたんだ」
「ええ、送り迎えは私の大事な役目ですもの」
「じゃ、俺・・・帰るわ」
妙に雅也くんの態度がよそよそしくて・・・。
これって私の思い過ごし?
ううん、違う。 やっぱり、いつもと違う。
「それじゃ、私も。お邪魔しました」
深々と行儀良く頭を下げる彼女。
そう言えば、名前も聞いてなかった。
向こうが名乗らなかったんだから別にいいか・・・。
親しげに帰る二人を見ながら、ぼんやりとそんな事を考えた。
あれから数日が過ぎた。
いつも雅也くんと一緒にいる女の子は中川 麻里子(なかがわ まりこ)さんと云うらしい。
どうやらお金持ちのお嬢様みたいだ。
『麻里子サマ』と呼ぶ、一部のファンもいるみたいだし?
クラスは雅也くんとは別だけど、同じ中学だったとか。
そっか、二人は昔っから知ってるんだ。
自分の所為でケガをしてしまった雅也くんを必死に支える。
なんかドラマみたいだなぁ。
最初は戸惑ってた風だった雅也くんも、今では中川さんにべったりだし。
きっと二人は上手く行ってるんだろう。
『今まで通り』
そんな風に言われたけれど・・・今では雅也くんと話す事さえ無くなってしまった。
クラスだって違うし、部活に顔を出さなきゃ当然か・・・。
なんとなく淋しく感じるのはなんでだろう。
ひょっとして・・・
私、雅也くんの事を好きだった?
いや、まさか。
自分から振っておいて、それは無いよね。
『逃がした魚は大きい』?
そう、そんな感じなのかも・・・。
部活の後に顧問に呼ばれた。
「高橋の休部届なんだけど、まだ出してないんだよ、あいつ。
悪いけど松永から督促してくんない?」
ええ~。
「きっとあいつ、出すの忘れてると思うから。
部活に来ないんなら、お前が代わりに貰っといてくれ。俺、忙しいし」
イヤだよ、そんな役。
とはいえ、顧問にそんな口答え出来ない。
「じゃ、訊いておきます」
これが精一杯。
はぁ~、気が重いな。
よっぽど淳ペーに頼もうかと思ったけれど・・・
相変わらず、部活が終わると予備校に行ってしまったし。
仕方ないからメールで催促してみる事に。
雅也くんにメールって・・・最後に送ったのっていつだっけ?
一生懸命、文を考えて打ち込む。
違う、違う。
ちょっとしたニュアンスとか、無駄に悩んでしまう。
打ち終えては読み返して消す。
以前なら――
何のためらいもなく送れていたメールが、今は送れない。
なぜか、ふと中川さんの顔を思い浮かべてしまった。
私がメールした事を中川さんが知ったら?
きっと・・・イヤな想いをするんだろうな。
どうしよう・・・。
でも、休部届。
出し忘れてる雅也くんが悪いんだよね?
自分を正当化して、また文を考える。
なるべくシンプルに。
要件だけで。
やっとの思いで作成し、「エイッ!」っと送信する。
・・・・・・。
♪~♪~♪
程なく戻って来たのは・・・
雅也くんからの返信ではなく。
送信エラーを告げる事務的なメッセージだった。
ひょっとして、アドレスを変えちゃった?
それとも・・・
私は受信拒否されちゃったのかな・・・。
どよんとした気持ちのまま、翌日を迎えた。
淳ペーに頼めばいいか・・・。
そんな風に逃げを決めた時に限って、淳ペーっていないんだよなぁ。
渋々、隣のクラスへと足を運ぶ。
一瞥したところ、雅也くんはいなかった。
仕方なく、彼のクラスの女子に声を掛ける。
「あの・・・高橋君は?」
「高橋君なら麻里子サマと一緒じゃない?」
「えっと・・・、中川さんの教室って事?」
「あんたさ~、高橋君に付き纏うのやめなさいよ!
彼は麻里子サマと付き合ってんだから、あんたの入り込む隙なんてないわよ?」
酷い言われようだ。
「部活の事で話があるだけです。別に付き纏ってなんてないし」
思わずムッとしたのが顔に出ちゃったのか、相手の機嫌が悪くなる。
「大体、あんた生意気なのよ。
部活が一緒だからって調子に乗ってんじゃないわよ!
高橋君は優しいから相手になってくれてるだけよ?勘違いもいいトコ」
更に隣の女の子も捲し立てる。
「高橋君だけじゃなくて橋本君にも慣れ慣れしいでしょ?アンタ何様のつもり?」
なんで淳ペーの話まで引っ張り出すの??
目の前にいる女子は、明らかに私の知らない存在。
そんな子達に、この言われようって・・・。
これが、ここ(学校)での・・・一般的な私の評価なの?
私ってこんなに敵が多かったっけ?
呆然としてしまう。
私が言い返さないせいか、相手が強気に出る。
「マネージャーだかなんだか知んないけど、調子に乗ってんじゃないわよ。
高橋君は麻里子サマと付き合ってんの!橋本君だってねー」
「橋本って・・・俺? 俺がどないかした?」
な、なんで、ここに淳ペーが!?
「なんか…俺とか雅也の話、してたみたいに聞こえてんけど?何!?」
急に黙り込む彼女達。
それってズルくない?
「コイツはバレー部のマネージャーで大事な存在やねん。
あんたらの誤解でコイツが辞めたらどないしてくれるん?
あんたら責任取ってくれるんか?」
「・・・・・・」
「雅也が中川と付き合ってんのはともかく、コイツは仕事してんねんから余計な事言わんとって。
それに、コイツ…俺の親友やから。苛めたらタダでおかへんで?」
淳ペーが睨むと『キャ~』っと叫んで、その子達は逃げてしまった。
「はぁ~アホらし。お前、何やってんねん」
呆れたようにつぶやく淳ペー。
「あ、ゴメン。助けてくれてありがとね。
雅也くんが休部届を出し忘れてるから顧問に頼まれてさ~。
雅也くんを捕まえるつもりが、この有り様」
「お前なぁ~、そんなん俺に言うたらええやん」
「そう思ったけど…淳ペーいなかったからさ・・・。
一応、雅也くんに督促のメールを送ったんだけど」
「けど…、なんや?」
「拒否られた」
「はぁ!?どういう事や?」
「アドレス変えたか、受信拒否でしょ?」
「はぁぁ?アイツ何やってんねん!?
しゃーない。俺が雅也に言うとくわ、休部届の事。
それから・・・」
「それから・・・何?」
「あんな嫌がらせに負けんなや?」
「嫌がらせ??」
「今の女子ら、お前が俺とか雅也と仲ええのんが気に入らんのやろ?
お前は気にせんと堂々としとったらええねんで」
「分かってるよ。こんなの慣れっこだもん。
今までどんだけ我慢して来たと思ってんの??」
「さよか。そりゃスマン事したな。
その調子でこれからもやってくれな?」
「はいはい」