穏やかな口調の

川岸教授の声を聞きながら、

ぼんやりと映る

黒板の文字をただなんとなく

眺める。


私の名前を言えば、

敦の記憶が呼び戻せる

かもしれない。


あの頃の私たちに

一気に戻れるかもしれない。


そう期待を込めて口を開いたのに、

無常にも始業のチャイムに

阻まれてしまった。


あんな風に

敦との会話が途切れたまま、

授業が始まってしまうなんて……。


私の頭の中に、

より一層敦のことが

溢れ出てきて止まらない。


「私は……彩加。

 草壁彩加だよ……」


川岸教授にばれないように

囁くような小さな声で

そっと呟く。


当然、

後ろの方に座っている敦にまで

この声は聞こえない。


それでも、

私は口にせずにはいられなかった。