──がちゃがちゃ。

 私を誘拐したのは……やっぱり太っていて、世間的に“気持ち悪い”と囁かれるようなオッサン、だろうか。だとしたら、余計に殺されるのはごめんこうむる。

 連れて来られた知らない場所で、顔も名前も知らない人に殺されるだなんて……考えたくもない。

 ──がちゃ……がちゃっ!

 私はただ、白いシーツを握り締め、抱き寄せ、ガタガタと震えることしか出来ない。

 こんなことをする人なのだから、平気で人を殺せちゃうような酷い人なのだろう。たくさん叩かれて、たくさん殴られて、たくさん蹴られて、たくさん──イヤ、イヤだっ!


「……っ!」


 廊下を歩く足音がする。こちらに近付いてくる足音がする。私に近付いてくる足音がする……!

 ──そして、ついに、その時はやってきた。

 私を誘拐した犯人が、私の目の前に、ぬっ……と姿を現す。


「──っ!」


 思わず、自らの息を潜めてしまった。

 さらさらとした黒い髪、左目は怪我をしているのか上から包帯を巻いているが、髪の間から見える右目は光を宿さない“黒”そのもの。

 すらりと伸びた身長に、痩せ型。顔は整っていて、自分はアイドルだと名乗っても疑う余地のない……おそらく私の歳とそんなに離れていない、若くて美しい、男性だった。

 けれど、今は容姿が素敵だとか、そんなことは関係ない。何せ、こんな美しい容姿でありながらも、私を誘拐した酷い男性……のはずなのだから。