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「おい、桐生。聞いたか?」

「……何を?」


 春香と別れて数日がたったある日、道端で出会った同級生の佐藤(さとう)は、いつになく真剣な顔をしている。


「春香ちゃん……新しい彼氏に毎日暴力を振るわれてるって」

「……」

「聞けば、その新しい彼氏。春香ちゃんより年下の奴らしいじゃん?」

「……ああ」

「……。『ああ』って。お前なぁ、他になんか言うことはないわけ?」


 俺の冷たい反応に、佐藤は信じられないといった様子で疑いの目を向けてきた。そんな佐藤に、俺は言う。


「俺は春香とは別れたんだ。春香とはもうなんでもない。俺の独断で2人の間に入ったところで、悲しむのは誰でもない春香だ。……せめて、春香から連絡が来るまでは、俺は何もしないし、何も出来ない」

「桐生……」


 本当は今すぐにでも助けに行きたい。春香に何するんだ、幸せにしろよって言ってやりたい。……けど、そうして1番悲しむのは、春香なんだ。

 新しい彼氏の暴力が激しくなるかもしれないのはもちろんのこと、俺に……春香と別れた俺に、「春香に手を出すな」だなんて言う資格などないんだ。