──この先、何が起こるのか分からない私にとって、1秒先は常に恐怖が付き纏う。

 それなら、怖いけれど、“どうしてこんなことをしたのか”……について、ちゃんと聞いておいた方がいいのかもしれない。


「桐生さん、は……。……どうして……私を……誘拐したんですか……?」


 再び、勇気を振り絞って問う。

 桐生さんのことを呼ぶ際、言葉が1度途切れてしまったのは、彼のことを“桐生さん”と呼んで良いのかが分からなかったから。

 “桐生さん”と呼ぶことは、桐生さん自身にとっては嫌な呼び方かもしれない。気に障るような呼び方をしてしまったら、私は暴力を振るわれてしまうかもしれない。

 それが怖くて、途切れてしまったのだ。だって私は、桐生さんのことを何も知らない。初対面なんだから。

 けれど、桐生さんは呼び方に関しては特に何も思っていないようで、窓の外の景色をぼんやりと眺めながら、さらりとした口調で言った。


「愛している」

「えっ」

「篠原さんのことを愛しているから。……それ以外に、なんの理由がある?」


 桐生さんは右目をジロッと動かし、私の方を見た。

 私のことを……愛しているから……?私のことを……愛して……。

「──ふ、ふざけないで下さい!だからって、こんなことをして許されると思っているんですかっ? 今すぐに私を家に帰して下さいっ!」

「……篠原さん。君はこの部屋からは出られない。出すつもりも、ない」


 桐生さんはきっぱりとそう言い、どこか悲しげな目をしながら、そっと目線を落とした。

 その理由は分からない。興味もないけれど。