正直、こんなに美しい容姿の男性が私を誘拐しただなんて、信じられない。もしかしたら、本当は助けに来てくれた人なのかもしれないとさえ思う。

 ──でも、現実は残酷だ。


「……目が、覚めたのか」


 男性は表情をピクリとも変えないまま、無関心を思わせるかのような口ぶりでそう言った。私はその言葉に対して何も答えない。

 ジーッと私を見つめてから、男性は台所へと向かった。聴こえる物音から何かをしていることは分かるのだが、私は恐怖で顔を上げられない。

 どれくらいの時間が経ったのだろうか。しばらくすると、男性は台所から出て来た。……私の好きなココアの香りを漂わせる、コップを片手に。

 自分が飲むのだろうか……と考えていると、男性はベッドの横に置かれている机の上に、湯気立つココアが注がれたコップを置いた。


「……飲め」


 男性はそう言い、机の横に腰を降ろした。

 どうやら、このココアは私のために用意してくれたらしい。私がココアを好きなのをわざわざ調べたのだろうか。それとも、ただの偶然なのだろうか。

 分からないけれど、危険な薬が入っているのではないかいうと不安が頭を過ぎり、到底飲む気になんてなれない。


「……飲まないのか?」

「……。……あの、」


 私は恐怖から震える声を振り絞って出し、話し掛ける。


「……なんだ?」

「分かって、いるんですか? 自分が、何をしているのか……」

「……どういうことだ?」

「だからっ!……っだから、こんなことをされて、平然とココアなんて飲めるわけがないじゃないですか!」


 自分の考えを言い切れたのは良いものの、その後に押し寄せて来る静寂が心臓を暴れさせる。