「ずいぶん繊細な神経の人間だな」

「そうですね。でもそういう人は少なくはないでしょう。本当の自分を徹底的に否定されて、自分を押し殺してしか生きられない人間は、偉いとは思うけど悲しい、と由貴は言っていました。ですから物語では力に潰されてゆく人間を書くだけのことはしたくないのでしょう。私は由貴の話を聞いて、由貴が私の書き手で良かったと思いました。心までは誰にも侵すことは出来ない、そういったことを由貴は書きたかったのだと思います。私も心が挫けそうになる時、思います。心だけは真っ直ぐに光を見ていようと」

 リュールは食べる手を休めた。

「俺が不思議に思うのは、お前のその心の在り方だ。俺は徹底的にたたかれたら見返してやりたいと思う感情が先に立つ。でもお前はどうも様子が違う。たたかれても激昂するわけでも復讐してやりたいと思っているふうでもなく、傷つくだけ傷ついて反論をしない。それは何故だ?」

「怒りが自分を傷つけるからです」

 ユニスは静かに言う。

「損な性分だと思います。傷つける者に対して怒りは持つのですが、その怒りがあることにも傷つく感じがします。気分のよいものではありませんから。傷つける者には一瞬で制裁を加えて手を出せないようにするか、もしくは相手にせず自分のためになるようなことをした方が、時間も心も有意義に使えます。見返すというのは…見返すことに何か意味があるのか、私にはわかりません」

 およそリュールの思考とはかけ離れた言葉が返されて、リュールはこういう人間もいるのだ、と思う。

「見返すことに意味はないと感じるか…。お前みたいな奴を傷つける連中の心理にしてみれば、そういうところが振り向かせてやりたい感情を煽るんだろうな」

「私は煽ってはいません」

「いなくても、そのお前の姿勢にちょっかいを出したくなる人間がいるんだよ。俺もたぶんにその人間のうちのひとりだ。もっともお前がそういう人間だと俺はわかっているから、無駄にちょっかいを出す気はないがな」