──四季が来ない。

 いつもならもう登校してきてピアノを弾いているのに、と由貴は心配になる。

 もしかしたら休みだろうか。

 メールをしてみようと携帯を開いたところで、「おはよう」と声がした。

 四季だ。元気そうな顔を見て由貴はひと安心する。

「──おはよう。来ないから心配した」

「うん。昨日夜更かししたから起きられなかった」

「何時に寝たの」

「二時くらい。…絵、描いてた」

「絵って小説の?」

「うん。面白かった。続き楽しみ。ユニスたち見る?」

 四季の手には抱えている楽譜に混ざってスケッチブックが見えた。それを渡される。

 一枚絵が描かれていた。

 ミュシャの絵のようなデザイン的なモチーフだが、彩りは滲みの技巧をうまく使った、水彩画。

 色合いも原色ではなく、全体に少しくすみがかった落ち着いた透明な色彩で仕上げている。

「──綺麗」

 ユニスとイレーネとノールが話している場面だった。

 由貴の表情にふわっと笑顔がこぼれる。それを見て四季も嬉しくなった。

「読みながらいろいろな構図がよぎって行った。描きたくなる場面がたくさんあったけど、この場面の続きがやっぱりいちばん気になって」

「すごい…。嬉しい。四季、ありがとう」

「最後まで書き上げるなら、僕挿し絵描くよ。モノクロで。本にしよう。自費出版」

「ええ?本?」

「もったいないよ。こういう物語書けるのに。読みやすい形にしてみよう。だってショパンだとかベートーヴェンの音楽だって、楽譜が印刷されてなければ後世には残らなかったんだよ」

「え…。う、うん」

 まさか本をつくる話にまでなるとは思ってなかったため、由貴は面食らう。

 でも。

(本か──)

 あらためて考えてみるといいな、と思う。少しずつ大切に綴ってきたものがそういう形になるのが嬉しいのは、やはりそれが自分の作品だからだろう。