イレーネは癒しと浄化を司る白魔法の使い手で、不穏な空気を察知する能力に長けている。

 彩雲の上では一蹴りで千里を駆けるという天馬を操り、広大なリオピアの全土を天空から見てきたらしい。

 そのような特異な能力を有するイレーネもまたハロンの歴史における『変わり芽』であった。

「イレーネ様」

 ノールはイレーネの姿を見て、姿勢を正す。

 歳はノールが十八、ユニスが十五、イレーネが十三であったが、ユニスに仕える身であるノールには、ユニスの連れてきたイレーネは敬意を払うべき存在である。

 イレーネは困ったように言う。

「ノール。イレーネでいいよ。一国の政務を仕切れるような器の方に私などが畏まられては、気後れしてしまう」

「そういうわけには参りません。他から見た時にしめしがつかないということがあるのです。そうでしょう、ユニス様?」

 ユニスは優美な面差しに物憂げな色を落とし、素直な感情を述べた。

「ノール以外誰もいない時くらいは、そのまま名前で呼んでもらいたくなる」

 滅多にそういった私情を口に上らせないユニスにそう言われて、ノールは困惑する。イレーネは笑ってしまった。

「わかった。立場があるのは仕方ないし、私とユニスを名前で呼んで困るのはたぶんノールの方だからね。でも形式的な人間関係は寂しい。そう思っただけ。──気にしないで」

 イレーネはとある事情で、アミステイル王家の嫡子としてではなく、アレクメス国の貴族の令嬢としての育ちであるということだった。

 だが、とりすました印象はない。言動に飾り気がなく親しみやすいのだ。

 聞いてみると、幼少は戦災孤児として育ち、生活していた孤児院が夜盗の襲撃に遭い、奴隷に売られようとしているところを保護され、数年間別の孤児院で過ごし、その後アレクメス王家に次ぐ名家と言われるスフィルウィング家の令嬢として引き取られることになった経緯があるのだという。