呼び掛けても遅かった。ゴッ――と骨と骨がぶつかる音がしたかと思えば、吹っ飛ばされたバクが窓だか壁だかロッカーにぶつかってすごい音がした。


おまけに「キャー!」と女子の悲鳴が廊下に響き、「うっわぁ……」なんてミーアの苦々しい声まで聞こえる始末。


一気にざわつく廊下に立ち尽くす私はただ茫然と、振り返った蕪早虎鉄を見上げていた。


何この猛獣……。しれっとした顔で一体何を……。


「これでいーっすか?」


いいわけがない!!! 不満だらけだよ!! 私が指示したみたいに言うな!



「~ってぇな! おい急に何すんだバカトラ!!」


びくっと肩を震わせると蕪早虎鉄が溜め息をこぼし、尻もちをついたままのバクに顔を向けた。


「おい怒鳴るな」

「はぁ!? トラが先に手ぇ出してきたんでねえか!」

「だから怒鳴るなって言ってんべや」

「怒鳴るわ! お前だって急に殴られたらブチ切れんべ!?」

「それとこれとは話がちげえ」

「上等だトラ。殴らせろ」

「先輩がビビるからやめろ」

「はあ!?」

「あと謝れ」

「はぁあん!?」

「……てめぇわざと言ってんだろ」


ちらりと赤い舌を覗かせて笑ったバクを蹴飛ばしたい。こんな奴の怒声に一瞬縮こまった自分すらビンタしたい。


でもそのどちらも現実に起こらないのは、バクの目が笑っていないから。