……どう考えても、部屋で話をするだけで終わらねぇよな。
 何を望んでいるのか察しがついてしまい、水月の左頬が引きつった。

 絶対嫌だ。頼むから別の相手を当たってくれ、と心の底から叫びたい。
 けれど断れば、いずみに真実を告げてしまうのだろう。それだけは絶対に避けたかった。

 真実を知った時、いずみは自らの命を絶つかもしれない。
 もし死ななかったとしても、これから一生笑うことなく、命尽きるまで絶望し続けるかもしれない。

 どちらにしても、いずみを追い詰めてしまうことになる。
 自分の体を犠牲にしてでも、真実を知られる訳にはいかない。選ぶ道は一つしかなかった。

 目を逸らさずに応えることが、精一杯の抵抗だった。

「……分かった、アンタに従う。さっさと連れていけ」

 絞り出すような声で水月が告げると、グインは満足げに笑みを深くした。

「潔い人間は好きですね。ご褒美に、その目元が今よりも赤くならないように努力しますよ」

 おもむろにグインが水月の腕を掴む。長い指が食い込み、絶対に逃げられないことを突き付けてくる。

 どんな扱いを受けるか、想像するだけで膝が震えてしまう。
 それでも、いずみが受けた仕打ちに比べれば大したことはない。
 自分の体と心をズタズタにされるぐらい――。

 水月の心が、すべて諦めの色に染まりかける。と、

「やめろ、グイン。そいつを壊される訳にはいかない」

 唐突にグインの背後から、淡々としたキリルの声が聞こえてくる。
 ほんの一瞬、グインは笑顔を消す。しかし、すぐに微笑を浮かべて後ろを振り返った。

「本当に珍しいですね、キリル様がここまで人を庇うなんて……そんなに彼が気に入りましたか?」

「気に入る、気に入らないは関係ない。……今そいつが使い物にならなくなるのは困る。それだけだ」

 キリルはグインから水月に視線を移すと、腕を掴んでいたグインの手を払った。

「グイン、自分の部屋へ戻れ。新しい玩具が欲しいなら、近い内に用意しておく」

 払われた手を軽く振りながら、グインは肩をすくめて一歩を踏み出す。

「分かりました、今回は引きましょう。でも使い道がなくなった時には、私に譲って下さいね」

 そう言いながらグインは滑らかな足取りで通路を進み、姿を消した。